別れの日

 天気予報で心配された雨は見事に外れた。青い空の下、乾いた土色のグラウンドが、黒い学生服と紺のセーラー服で埋め尽くされている。卒業式を終えた三年生が、校舎を背景に記念写真をあちらこちらで撮っている。

 二年生の遠藤美姫(えんどうみき)は、陸上部の友人たちと談笑している川上航大(かわかみこうだい)に声をかけた。

「川上先輩……」

 驚いた航大が慌てて振り向き、美姫を見て笑顔になる。状況を察した友人たちが気を利かせて遠ざかっていく。卒業式になるとよく見られる光景。もう会えなくなる卒業生に、下級生が想いを伝える場面だ。美姫の他にも何人かが、お目当ての先輩と二人きりの空間を作っている。それを見ながら、美姫は勇気をもらっていた。

「すいません。私、お話の邪魔をしちゃったみたいで……」
「いやいや、全然気にしなくてオッケーだよ。美姫ちゃんこそ、俺なんかでいいの?」

 ひときわ大きな目をさらに広げて、白い歯を零(こぼ)れさせる。それだけで、美姫のお腹は一杯になる。陸上部のマネージャーとして近くにいたが、あまりに存在が眩(まぶ)しすぎて直視出来なかった。そんな憧れの存在を独り占めしている事に、ある種の罪悪感を覚えずにはいられない。

「俺なんかよりさ、野球部の三井とか田辺なんかが良いんじゃない? あいつら将来、プロに行くかも知れないし。俺なんかさ、箱根で走れるかどうかもわかんないもんね」

 東京の大学に進む彼の夢は、箱根を走る事。美姫には、プロ野球に行くかも知れない男子より、航大が夢を果たす事が大事なのだ。

「美姫ちゃんも随分、大人っぽくなったね。これからどんどん綺麗になっていくよ。そしたら俺なんか、忘れられちゃうよね」

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 絶対忘れません、大きな声でそう言いたかった。美姫にとって航大は初恋の人。何度も告白しようと思ったけれど、勇気がなくて言えなかった。今日が最後と思うと、足が震えて仕方がない。

「いやー、もうあの店にも行けなくなるんだなあ。よく二人で一緒に行ったよね」

 思い出し笑いをする航大に釣られて、緊張していた美姫の顔がほころぶ。スイーツが好きな航大から、男一人じゃ恥ずかしいから付いてきてと頼まれて行った店だ。

 航大にとって美姫は、妹みたいな存在である。自分が彼の恋愛対象ではないと薄々感じていた事も、告白出来ない理由の一つでもあった。

 一秒でも記録を縮めたいからと、誰よりもストイックに練習する姿を見てきた。そして、名門大学の誘いを受け、憧れの箱根を目指す。

 しかし、名門大学に入ってからも、メンバーに選ばれるための熾烈な競争がある。だから、陸上以外の事で余計な気を遣(つか)わせたくない。

「ところで、話って何?」

 好きですの言葉を胸の奥に仕舞い込み、涙をこらえて笑顔を作る。

「学生服の第二ボタン、ください……」

 頭を下げ、右手を差し出す。

「えっ? 俺の? 本当? 嬉しいなあ。そんな事言ってくれるの、美姫ちゃんだけだよ。本当、ありがとう」

 航大はボタンを外し、美姫の手の上に乗せた。

「先輩……もう一つ、お願いがあるんですけど……」
「えっ? 何?」
「握手してもらって良いですか?」
「ああ、握手? 何か、アイドルみたいだね」

 照れ隠しを言いながら、美姫の右手を両手で握る航大。彼の優しさで全身を包まれたようで、宙に浮いているかのように思えた。

「ありがとうございました!」

 深々と頭を下げた後、振り向いて校舎の方に走りだす美姫。そこには、親友の理沙(りさ)が心配しながら待っている。

 どうだったと尋ねる彼女に、黙って首を振る。下を向いたまま泣き出す美姫を、理沙は優しく抱きしめる。遠くの方で歓声が上がる。春の太陽が、二人を優しく照らしている。

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