遅れてきたシンデレラ

 大人顔負けの華麗なステップで歌う悠真(ゆうま)の姿を撮影しながら、本橋愛菜(もとはしまな)は頬を緩ませる。「息子さんは芸術性が高いですよ。将来は芸能界に入れたらいかがですか?」と勧めた占い師の言葉が頭に浮かぶ。「そうよね、この子も彼みたいに、トップスターになれるかも知れないよね」と心の中で呟く。

 愛菜の腕には、ついこの前、一歳の誕生日を迎えた美月(みづき)が、天使の寝顔を浮かべている。「娘さんはかなりの強運の持ち主です。この子も芸術性がかなり高いですから、将来が楽しみですね」と占い師は言っていた。「この子、もしかしたら、大河ドラマに出るような大女優になるかも」そう思うと、さらに愛おしくなってくる。

 突然、スマートフォンの着信音が鳴った。メッセージの送り主は、夫の悟郎。「食べてくるから夕食はいらない」十四文字の短い文章。「もっと早く教えてよ!」つい苛立って、テーブルの脚を蹴ると、驚いた悠真の動きが止まった。「ごめんね」と笑うと、安心して踊り出す。美月を布団に寝かせ、重い足取りでテーブルの食器を片付ける愛菜。

 やり切れない気持ちを落ち着かせたい彼女は「ちょっとトイレ行ってくるね」と言ってトイレに駆け込むと、スマートフォンで彼の画像を検索した。「きゃー、かっこいい!」遠慮気味に小声で叫び、画面の彼に長い長いキスをする。この瞬間だけ、トップスターの彼は愛菜だけのものになるのだ。

 子どもの頃から彼の大ファンだった。「私は彼のお嫁さんになる」そう思ってきたのに……。何人かの男性と付き合って、それなりに恋愛を経験した結果、今の夫と結婚して子どもも生まれた。だけど、なんか違う……。

 優しくて良い夫だと周りからは言われる。自分でもそう思う。だけど、なんか、なんか違う……。私はやっぱり、彼と結婚したかった……。諦めたつもりだけど、やっぱり諦めきれない……。彼と結婚したい。彼のそばにいたい。彼の子どもが欲しい……。

「人生は一度きりです。悔いのない生き方をしましょう。願いは叶います。思いが強ければ強いほど、実現可能に近づいていきます。彼とあなたの相性は良いですよ。精神的な繋がりもかなり強い。あなたの思いが強くなればなるほど、彼との距離が近づいていきます。今、この瞬間に」

 占い師の言葉に、愛菜は不思議な力を感じていた。「奇跡を見たいんです」そう言われ、「ああ、奇跡が起きるかも。いや、起こさなきゃ!」と強く思うようになった彼女は、占い師に言われた通り、叶えたい夢をノートに書き始める事にした。彼と出会う、彼と友だちになる、彼と恋人になる、彼と結婚する……。毎日、毎日、念仏のように唱えながらノートに書き綴った。

 そんなある日、旧友から息子に会わせてほしいと連絡が入った。彼女は芸能関係の仕事をしていて、あるミュージシャンのプロモーションビデオの撮影に、息子をエキストラとして使いたいとの事。そのミュージシャンの名前を聞いた愛菜は、心臓が止まるほどに驚いた。「えっ? うそ……」

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 撮影当日、愛菜の数十メートル先には、子どもの頃から恋焦がれた彼が立っている。楽しそうにスタッフと談笑する彼。その姿があまりにも神々しくて、遠くから見ているだけで、心臓が高鳴って苦しい。すると、突然彼が歩き出して、こちらに近づいてくる。「えっ? マジ? ちょっと待って……」

「こんにちは、初めまして。今日はよろしくお願いします」
「あっ、は、はい……こ、こ、こちらこそ、ど、ど、どうぞよろしく……お願いしますっ!」

 あまりにも緊張し過ぎて、言葉がうまく出てこない。恥ずかしさのあまり、頭を下げたまま、しばらく顔を上げられなかった。そして、和やかな雰囲気のまま、撮影は進んでいく。憧れの彼のそばで、自慢の息子が堂々と演技をしている。夢のような時間はあっという間だったが、愛菜の胸にしっかりと刻まれた。

 それから十日ほど経ったある日、旧友から連絡が入った。悠真にまた会いたいと、彼から頼まれたと言う。子ども好きな彼は、悠真の愛らしさにすっかり心を奪われたようだ。そうして、彼の休みに合わせて、悠真と共に会いに行くようになった。

 彼が会ってくれるのは、自分が理由ではない事を、愛菜はよく承知している。夫がいて二児の母である私は、恋愛対象として見てもらえなくても構わない。彼にとって自分は、大勢のファンの中の一人であり、子役の男の子の母親という認識である。

 悠真も彼に会うのが楽しいようだ。……ああ、でも、私はやっぱり、女として見てもらいたい。息子と楽しそうに遊ぶ彼を見ていると、どうしても夫と比較してしまう。息子の実の父親は夫、でも、彼のほうが息子の父親にふさわしく思えて仕方がない……。

 そうして、何日も何日も思い悩んだ結果、愛菜は一つの決断を下す事にした。「私と別れてください」悟郎にそう告げたのだ。悟郎は最初、驚いたようだが、意外にも、「あ、そう。わかった。別れよう」と答えた。そうして、二人は別々に暮らすようになった。

 正式に離婚してから、彼と初めて会う日が来た。「私、シングルマザーになりました」笑って彼に報告すると、驚いた顔を見せた後に「そうですか……。じゃあ、これからは不倫じゃないですね」と笑った。「実は、悠真くんに会いたいというのは、あなたに会う口実だったんです。初めて会った時から惹かれていました」

 逆光のせいか、彼の顔が眩しくて見れない。太陽の光が眩しいからなのか、涙が溢れて止まらない。彼は涙を優しく指で拭うと、愛菜の耳元で囁いた。「僕の事、好きですか?」言葉も出せずに、黙って頷く愛菜。彼は優しく抱き寄せるとこう言った。「僕、付き合うなら結婚が前提ですけど、良いですか?」もう、愛菜の心臓は爆発寸前である。何度も何度も頷いて、彼の胸に顔を埋めた。

 数年後、愛菜は三人目の子どもを産んだ。男の子だった。リビングで仲良く遊ぶ兄妹を見守りながら、ソファーで赤ちゃんを抱いていると、玄関のドアが開いた。「ただいま!」悠真と美月が「パパ、おかえりなさい!」と駆け寄る。「さっき、テレビにパパが出てたよ!」と悠真が言うと、彼は「そうか」と優しく笑った。

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