僕の淡い思い出

 何気なくつけたテレビに、見覚えのある映像が映(うつ)っている。

「ああ、今日は金曜日か」

 聞き覚えのあるテーマソングが流れ出し、お馴染みの台詞が聞こえてくる。毎年ゴールデンウイークが近づくと劇場版が公開されるこのシリーズ。毎年の新作に先駆けて一年前の映画が地上波のテレビで放送される。

「もう、一年が経つのか……」

 一年前に映画館で観た時には、僕の隣に彼女がいた。そう言えば、あれが僕たちの初デートだった。

「あ、あの……もし良かったら、なんですけど……」
「はい」

 学校は違うけど同じ塾に通う彼女。髪が長く、優しい眼差しが印象的で、どこか大人っぽい雰囲気の彼女に、僕は一目で恋に落ちた。

「お友だちになってくれませんか?」

 本当は、付き合ってくださいと言いたいけれど、僕にはハードルが高い言葉だった。時々会うだけで、どこの誰だかわからない、しかも一言も話した事のない男子が、いきなり付き合ってくださいと言っても、色よい返事がもらえるとは思えない。

 見目麗(みめうるわ)しい、いかにも賢そうな男子ならともかく、どこにでもいる至(いた)って平凡な男子に言われても、心に響くはずがない。

 あまりぐいぐい迫ってみても、引かれて敬遠されるのが目に見えている。断っても構いませんよという雰囲気を醸し出したほうが上手くいくのでは? 友だちならハードル低いし。そんな計算をあれこれとしながら、僕は勇気を出して言ってみた。

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「友だちなら良いですよ」
「本当ですか? ありがとうございます!」

 友だちなら、その言葉が気になる。友だち以上の進展は望めないって事なのだろうか? それとも、友だちから恋人に発展する可能性を残しているって意味なのだろうか? そんな考えを頭の中でぐるぐる巡らせながら、引きつった顔で笑ってみせた。

 そして、初めてのデートで観たのがこの映画だった。二人とも好きなアニメだったし、絶対に外れのない映画だったから。

 ゴールデンウイークはさすがに大混雑で、人で溢れていた。子どもたちを連れた家族連れに挟まれて、僕たちは二人で並んだ。高校二年生の男女が並んでいれば、誰が見てもカップルに見えるだろう。実際はまだ友だち段階なんだけど、カップルですよと胸を張っても良いのではと僕は思った。

「カップルなら、手ぐらい握っても良いよね?」

 頭の中で、もう一人の自分に問いかける。もう一人の僕は「もちろん良いよ」と答えるけど、そんなに簡単な話じゃない。すぐ隣に立っているはずなのに、彼女の右手がものすごく遠くに感じる。

 パンフレットに目を通している彼女。その横顔がまた眩しすぎて、何故か顔が赤くなってしまう。人が多いからだと思うけど、体の中に熱が籠(こも)って息苦しい。

 何か話をしなきゃと思い、映画に関する話題を投げかけた。すると、堰(せき)を切ったように話し出す彼女。このアニメに対する思い入れが相当のようだ。漫画を全巻揃えていると言う彼女に、僕も全巻ありますと言い返す。それから彼女は、どれだけ自分がこのキャラクターを好きなのかを説明してくる。

 それがきっかけで、急に二人の仲が近くなった気がした。これだけ会話が続けば、もう僕たちはカップルにしか見えないはず。そう思っていると、彼女がこう言いだした。

「ねえ、私たちってもしかして、カップルに見られてるんじゃない?」
「えっ? ああ、うん……そうかも……」

 どう答えて良いかわからず、うろたえる僕に、彼女はこう言った。

「じゃあ、手、繋ごう!」

 いたずらっぽい笑顔でそう言うと、僕の左手を握ってきた。掌(てのひら)が熱くなって、汗ばんできそうで怖かった。もうそれからは、左手に全神経が集中した。映画が始まっても手を離さない彼女。僕はもう、胸が苦しくて映画どころではなかった。

 結局、その後、彼女と付き合う事はなかった。やはり、お友だちまでが限界だったようだ。受験生になった今、お互い勉強が忙しくて恋なんてしている場合ではない。

 一年ぶりに、映画をじっくり観る事が出来る。どうしてかわからないけど、左手がじんじんしてきて熱い。その左手を右手で押さえると、一年前の彼女の笑顔が浮かんでくる。恋とは呼べない、僕の淡い思い出。

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