明け方の旅立ち

 夜も明けきらぬ早朝、時刻は午前四時五十分。河川敷沿いの道路に停まっている一台の車。全身黒塗りの車体は、八人乗りのミニバン型。エンジンは掛かっておらず、住宅街の住人たちにも気づかれていない。

 運転席には男が座っている。時折時計を気にしながら、窓ガラスの向こうの闇夜を見つめている。ハンドルを握る手が汗ばんでくる。どこか緊張していて、少しばかり焦っているようだ。

 しばらくして、フロントガラス越しに人影が見えてきた。どんどん近づくその人物の動きを、じっと両目で追っている。音を立てないように慎重に小走りを続け、ようやく到着した彼女は、荒い息を整える間もなく助手席のドアをゆっくりと開けた。

「ごめん、待った?」

 彼女の口から発せられた、蚊の鳴くような小さな声が、静かな車内に響く。幸司(こうじ)は唇の前に人差し指を立て、口を閉じるように美香(みか)に促す。口を押えながら軽く頭を下げた彼女は、車に乗り込んでドアを閉めた。

 街灯が暗い車内をほんのりと照らしている。美香は車に乗り込むと、運転席に体を伸ばして幸司の唇にキスをした。彼は彼女を受け入れ、二人はしばらく濃厚な口づけを味わう。ふと時間が気になった幸司が、背中を軽く叩いて合図を送ると、彼女は満足そうに助手席に戻った。

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「急ごう。鞄は後ろに置いて」

 美香は頷き、膝の上のボストンバッグを後ろのシートに放り投げる。彼女がシートベルトを締めた事を確認すると、幸司はエンジンをかけ、ゆっくりと車を発進させた。進行方向右手には大きな川が流れていて、河川敷が続いている。

「昔はさ、この川を舟で行き来していたんだよね」
「そうなの?」
「うん。今も観光用に渡し舟があるよ。二百円くらいかな」

 江戸時代には、関所を通らずに往来する関所破りは御法度(ごはっと)だが、この川の両側に農地を持つ農民は特別に往来が認められていた。そして、この場所を舞台にした悲恋の歌もある。

「俺たちにとっての渡し舟は、この車だな」
「そうだね」

 美香は長年、支配的な同棲相手からひどいDVを受けている。その悩みを幼馴染の幸司に相談するうちに、二人は互いを愛するようになっていった。

 二人は今日、この街を出る。この先どうするか、具体的な計画は決まっていないが、ただ車を走らせているだけで、二人は幸せを感じていた。

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