芥川龍之介先生の書いた小説「かちかち山」について考えてみたいと思います。物語は「童話時代のうす明りの中に、一人の老人と一頭の兎とは、舌切雀のかすかな羽音を聞きながら、静かに老人の妻の死を嘆いている」という文章で始まります。
「童話時代のうす明かりの中に」とは何でしょうか? 平安時代や室町時代のように、童話時代があったわけではなく、この「かちかち山」の中での時代を童話時代と表現しているのでしょう。舌切り雀を登場させたのも、童話の中の世界である事を強調したかったのでしょう。
読み進めると、桃太郎の鬼ヶ島や浦島太郎の竜宮城まで登場します。「鬼ヶ島へ通う夢の海」「永久にくずれる事のない波」など、詩的で美しい表現がところどころに散りばめられているのも、読む人の心を癒してくれます。
「波が遠くで物憂(ものう)い響きを立てている」と言う言葉は、タヌキによっておばあさんを殺されたおじいさんの気持ちを表現しています。そして、おじいさんとウサギが一言も会話せず、指を指したり頷(うなず)いたりするだけの描写が、物悲しさを表しています。
「一人の老人と一頭の兎とは、花のない桜の木の下に、互いに互いを慰めながら、力なく別れを告げた。老人はうずくまったまま泣いている。兎は何度も後をふりむきながら、舟の方へ歩いてゆく」これもまた、会話の台詞(せりふ)がないだけに、想像力を掻き立てられるのではないでしょうか。
ウサギが向かう先には、白い舟と黒い舟があります。「黒い舟の上には、さっきから一頭の狸がじっと、波の音を聞いている。これは龍宮の燈火(ともしび)の油を盗むつもりであろうか。或いは又、水の中に住む赤魚(あかめ)の恋を妬(ねた)んででもいるのであろうか」と書いています。タヌキの性格の悪さを想像させます。龍宮の燈火(ともしび)は「うらしま太郎」、赤魚(あかめ)の恋は「人魚姫」でしょうか。
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ウサギはタヌキに近寄り、遠い昔の話をします。「彼等が、火の燃える山と砂の流れる河との間にいて、おごそかに獣の命を守っていた「むかしむかし」の話である」と書いています。火の燃える山とは「かちかち山」の事でしょうか。ウサギはこの時点でタヌキを殺す事を考えており、警戒心を持たせるような話はしないはずですから、どんな話をしたのか気になります。
「童話時代のうす明りの中に、一頭の兎と一頭の狸とは、それぞれ白い舟と黒い舟とに乗って、静かに夢の海へ漕いで出た。永久にくずれる事のない波は、善悪の舟をめぐって物憂(ものう)い子守唄を歌っている」と書いています。「童話時代のうす明かりの中に」と言う言葉が登場するのがこれで3回目です。「夢の海」と言う言葉は2回目の登場です。
「くもりながら白く光っている海の上には、二頭の獣が最後の争いを続けている。おもむろに沈んで行く黒い舟には、狸が乗っているのではなかろうか。そうしてその近くに浮いている白い舟には、兎が乗っているのではなかろうか」と書いています。おじいさんは、おばあさんの亡骸(なきがら)を埋めた桜の木の下に座って、タヌキが海に沈んでいく様子を見つめています。
最初から最後まで美しい文章で綴られていて、短編映画を観たような感じでした。
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