空を見上げ、鞄に傘を滑りこませる。青色系で軽量。シンプルで丈夫。これだけでいい。私が傘を贈った人は、何故か遠くに行ってしまう。だから、大切な人には贈らない。

 よろしくない上司がいて、どうしても我慢ならない事があった。試しに、彼の誕生日に立派な傘を贈ったら、想像しない場所に異動した。偶然かと思ったが、不思議な事に何度も続く。そのうち、私がある条件を満たさなければならない事もわかった。いつまで有効かはわからない。

 最近、懐かしい声を聞いた。話し方も変わらず、お人好しがそのまま笑顔に出る様子も変わらない。そして、そこはかとなく香る、特有で無意識の男性の狡(ずる)さも嗅ぎ取れた。彼は自身の婚約祝いの日に、私に告白してきた男だ。

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 「私は堂々と日向の私で居たいから、日陰の女にして想いなどかけないで下さい。こんな日に冗談でしょう?」

 そう言う私を、驚いて呆れるように見ていた。

 「でも好きなんだよ。わかっていたはずだよ」

 そういう彼に、私はこう言いきった。

 「友達のまま、知り合いのままに放っておいて下さい。できないなら、私を無視して構わないです」

 悲しそうに彼は言った。

 「出来ないよ。残酷だな」

 私は彼に畳みかけた。

 「世の中には、あなたとそういう関係に甘んじる人がいるかも知れません。望む人もいるように思います。私みたいなタイプが珍しくて、引っ込みがつかないだけでしょう?」

 こういう台詞を私に言わせる無情さを感じた。実際彼は、年齢を問わず女性にモテていた。そんな記憶が蘇る。傘を贈って間もなく、彼は海外勤務となり、内戦や疫病続きで帰国出来なかったらしい。

 「まだ恋しく想う事があるよ」
 「過去形ですね。お元気でなによりです。こんなご時世でもお会いできて、幸せそうで良かったです」
 「相変わらず強い女だな。名前が変わっても、薬指ががら空きなのが気になるが、お互い聞くのも野暮な年齢になったな。あの頃もっとごり押しして、可愛がっておけば良かった」 

 そう冗談っぽく言った時、空からポツリと雨が落ちてきた。上質な仕立てのスーツに不釣り合いな寝ぼけた色の傘を、上品なビジネスバッグから取り出して広げた。私の記憶にあるものと良く似ている。

 「これ確か、君が選んだと思うんだけど。意外に丈夫でさ。壊れないんだ。物がいいのかね? 傘を持っていないのなら、相合傘でもしようと思うけど、どう?」

 相変わらず無邪気な笑顔に、首を横に振る。私はそこに、決して入ってはいけない。

 「じゃぁ。また、いつか」

 そう言って、雨脚の強まった中を去っていった。

 全ては時流の中に。出会いは、今日の自分であるための必然。

 風は、雨の湿り気を含んでいた。陽ざしと雨がアンバランスに注ぐ中、深呼吸して私は、今日に踏み出す。

 作;イーチョン

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