スーパーの冷房の心地良さがわかる強い日差しに目を細める。ビニール袋の夏野菜を揺らして視線を落とすと、黒蟻(くろあり)が忙しく動き回り何かに集(つど)っていた。
くらりと軽くめまいを覚えながらも更に目を凝(こ)らすと、蟻(あり)の餌食(えじき)は蝉(せみ)だった。
そういえば、まだ今年は鳴き声を聞いていなかったと、解体作業に勤(いそ)しむ蟻(あり)と食物連鎖に組みこまれた蝉(せみ)をぼんやり見た。
虫取りあみの半分の背丈もなかった頃、叔父と叔母と従妹(いとこ)と蝉(せみ)取りに山すそを歩いた。おい茂った樹々の所々から空と陽射しがのぞく。
空から何重奏(なんじゅうそう)にもひっきりなしに降ってくる蝉(せみ)の声に、叔父の声も叔母の声もそばにいるはずの従妹の声もかき消され、蝉(せみ)に囲まれたドームのようだった。
絶対に自分より小さい虫なのにと、虫取り網を握りしめてつぶやきながら、生き急ぐ命の声に圧倒され怖さを覚えた。
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『虫取り名人』と言われた私は、自分の手の平より大きなオニヤンマやカラスアゲハ、殿様バッタ、糸トンボにアメンボ、あきれた事にミミズや蛙まで残酷なまでに捕まえるのがうまかった。
そんな子どもに蝉(せみ)を山ほど見せて喜ばせようと連れてきてくれた場所。だから「こわい」と思っているなんて微塵(みじん)も感じさせたくなかった。
「網(あみ)なんか、いらないだろ?」
耳元で叔父が言う。
「うん」と頷(うなず)き、培(つちか)われた気質で作業のように佃煮(つくだに)かと思うほどに素手で捕まえ、虫かごに詰め込んだ。
「変な蝉(せみ)!」
従妹が、交尾の蝉(せみ)を捕らえた。
「なかよしだよ」
そういう大人の偽善的な言い回しに無邪気さを装(よそお)い、かわす事も出来るようになっていた。
「2匹いっぺんにとれるー!」とはしゃぐ子どもと距離をとる私に、察しのいい叔父が少し意地悪に、試すように言う。
「いっぱい捕るんじゃなかったのかい?」
「私は一匹の方がとりやすいんだ」
鼓動を隠して、幹(みき)に目を泳がせた。
「そうか。帰りには手離すのに、面倒なのに手を出す事はないな。お前は、大人みたいだな」
そう言ってかすかに笑われた。自分がどんな表情をしているのか、焦った。
8歳の夏だったろうか? 帰り際に離そうと思った、虫かごの蝉(せみ)のほとんどが、くだり道で鳴かなくなった。
「ギ……」と聞こえたので、車に乗り込む前に急いで虫かごを叩きつけるように地面に置いて、真っ二つに開いた。そこには、コロコロと転がるオブジェと化した、飛ぶ事をも諦めたかすかに動く虫がいた。
『一匹の方がいいの』
自分の言葉が不意によみがり、わけのわからない嫌悪感に襲われた。
そうだ。あれから私は、あまり虫取りをしなくなったのだ。せがまれて虫取りをしても、すぐに離すようになった。虫の声を……特に蝉(せみ)の声を……必死で、刹那的(せつなてき)に感じるようになった。
目の前の蝉(せみ)は、成就して、アスファルトから蟻(あり)に運ばれ、土に返るのだろう。
叔父が旅立って5年……。愛と仕事に生き、厳しい病いと闘い、永遠の眠りについた。
私達は誰もが、この蟻(あり)であり、蝉(せみ)であり、何かを何かに分け与え、同じ様に軽くなり、土に返る。
強い日差しを浴びながら、ぼんやりとそう思った。季節は巡り、時は二度と、戻らない。
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