バレンタイン(愛しき人)

休日のチョコ売り場は、むせかえるような甘い香りに包まれている。この日ばかりは、女性の圧力に係員も辟易の様子。「ここで雑誌見て待ってる。買ってくれば」売り場から離れたベンチにかけたまま明後日を向いて言う。「うん。ごめんね」と苦笑いして【自分から付いてくるっていったくせに。ランチ目当てか】と内心ため息をつく。

【父親と友人とそれから会社用と自分用……。父親はチョコが嫌いだから地下の食品売り場で『松前漬け』を買えばいい。会社用は予算内で個数を間違わなければよし。問題は友人達。うーん。やっぱり有名なパテシエのもの? 国産? いやぁ。フランスやスイスのチョコがいいって買っていたし、私も貰っているから、どちらにしても、美味しく美しくか。迷うなぁ】と独りごちる。

ふと、荷物持ちとチョコ売り場見学と言って、ひょいとついてきた妹の幼馴染みの男の子が視野に入る。【この子は確か彼女いたはずだから チョコはあげない方がいいな】と思う。

午前中うちに買い物をすませ、大量の買い物袋を両手に持ってくれた彼にお礼のランチに誘う。「なにがいい?お腹空いたでしょう。ありがとう」というと「自分で払うからね。珈琲でいい。ブラック」とぶっきらぼうに言う。

考えると、妹の話には時々登場したが、暫く彼には会っていなかった。身長もぐんと伸びて、少し強面だが男らしさが増していた。

「え?パスタとかパンケーキとか好きだって食べていたじゃん!お昼だよ?」と言うと「今日は本当はここじゃなくてもいいんだけど、珈琲なの!」とぼそりという。「ここのブルマン美味しいらしいよ。私は珈琲苦手だからわからないけど」仕方なく所在なげに言うと「知ってる。ハーブティ最近飲んでんだろ? リサーチ済み。ほんじゃ、お薦めのそれ」と仏頂面で言う。

年下だと思うせいか、とりたてて緊張もなく家路に向かう途中で「〇〇さんさぁ」と話しかけられる。初めてさん付けの名前で呼ばれて「えー、姉ちゃんでいいしー」と笑うと「いつまで弟なんだよ!」と紙袋のひとつで小突かれた。

「あ! だめえーそれ、他人様(ひとさま)にあげるものだからー!」と慌てると「他人様に俺様は入ってねぇのかよ!」と急接近してきた。

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「あれ? でっかくなったねぇ。弟君も。失礼失礼」と見下ろされて焦る。【やっぱり彼女いても買えば良かったな。しまった!】と内心呟く。「いや。彼女さんに悪いと思ってさ」と言うと「関係ねーし」と口を尖らせる。面と向かっては言えないが、そういうところが実にカワイイ。

昔、学祭のコメディ劇で『想定外キャラだから面白い』と急に主人公の愛人役になった。厳格な両親には見せられないので、面白がるだろうと妹とその子を招待した。妹はゲラゲラ笑ってくれたが、その子は後から「二度とあんな役おふざけでもするな! 全然似合わねえ! 下手くそ!」とやっぱり口を尖らせて詰め寄ってきて小声で言った。びっくりしたが、ちゃんと見てくれたことが嬉しくてその時もカワイイと思った。

妹曰く、彼は意外にモテるらしい。実は妹はストーカー行為をされたり、そのせいで同性から嫌味を言われていた。彼は彼に好意を寄せる子に悟られないよう護衛してくれる私達家族の恩人だった。帰宅して荷物を玄関に置いてもらう。

「なぁ。あいつは今は大丈夫なのか?」
「うん。心配ありがとうね」
「なぁ。お前は、そのぉ。本気チョコとかあるのか?」
「うははは。姉妹そろってご心配ありがとうございまするぅ」
「は? いい歳なのに?」
「悪かったね!酸いも甘いも嚙み分けてぇ~アタクシ大人でござる」
「うそこけ! 精神年齢低いくせに!」
「ん? だよね。バレテルカ?」
「なぁ。俺の分……その……何もねぇーのかよっ!」と下を向く様子がカワイイ。

「おいで。あがったんさい」仕方なく招いた。
「ハーブティだけどね」
「なに洒落コイテまずいもん飲ませるんだよっ!」

冷蔵庫から皿を取りだす。
「君にと思って作ったんだけど。色々逡巡していたら失敗してしまった」

彼の目がインコのようになった。目がテンになるという表現はこういう時にあてはまるのかと思えた。

「俺に?」
「そう。妹と君にだけ。見てくれ悪いけど作った」
ふたくち食べてフォークを置いた。
「ごめん。まずかったね。ぺって吐き出していいよ」
「ばかじゃね?そんなことするわけない」
「正直なのが君の取柄じゃんか」

「あいつと俺にだけってことは、俺はお前の家族と同じなんだな……」
そう言って美味しそうにたいらげてくれた。
「業界の商業戦法かも知れないが、愛しい人には時間をかける。でも失敗したw」
「どこ失敗したんだよ。天然のすることってわかんねーな」
ハーブティをおかわりする彼をそっと見つめた。

【君が幸せでいられますように】

【こんなバレンタインがあってもいい】そう思った。

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