「ただいまっ!」
大急ぎで着替えを済ませてキッチンへ駆け込む。危険を察知したラブリーが、急ぎ足で私のそばを離れた。約束の時間まであと30分もない。早めに会社を出たから、ゆっくり準備ができるハズだった。なのに、乗り込んだ電車の車両トラブルで1時間以上も足止めされてしまったのだ。
さて、何を作ろうか? 限られた時間の中、冷蔵庫にあるものでショウタの大好きなメニューを作る。料理が苦手な私にはハードルが高い。とりあえず[ワインに合うおつまみ]で検索してみた。
✴️簡単! 美味しい! アボカドフライ♪✴️
「あっ! これなら出来そうかも」
アボカドは大好きで常備してある。いつもはワサビ醤油で食べたり他のお野菜と一緒にサラダにするくらいだ。
「だ、大丈夫よね?! 揚げるだけだから」
アボカドをカットし、衣の準備も完了。棚の上段に仕舞い込んだフライヤーを手探りで取り出す。
ピンポーン!
「もぉ、時間?」
モニターに目を移した瞬間、フローリングの上に派手な音を響かせフライヤーが落ちる。やっちゃったー! 落ち着け落ち着け。
「おまたせ。おかえり、ショウタ♪」
「今、すごい音しましたけど……大丈夫ですか?」
まさか外にまで聞こえていたとは。
「うん、大丈夫www」
その一言に安心したのか、ショウタがわたしを抱きしめた。
「ただいま、カナさん♪ それにしても、これは一体……」
床に転がったフライヤーを見て察しがついたようだ。
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「あ、あのね。まだ料理の支度が……ごめんね!」
「じゃあ、これから一緒に買い物に行きましょう」
「そうね。今日は手作りしたいからお惣菜はいらないわよwww」
二人の楽しそうな様子にラブリーが近づいてきて、ショウタに甘えている。
「ラブリーはほんとにショウタが大好きよね。素直に甘えられて羨ましいな」
彼を見つめながら独り言のように呟いてみた。
「誰ですか〜? ラブリーにヤキモチ妬いてるのは」
「べ、別にヤキモチじゃないわよ。いいなって思っただけ。あ〜あたしも猫になりたい」
「かなり猫っぽいと思いますけどね。部屋で一緒にDVD見てる時も急に一人でソファーの上で丸まって眠っちゃうし、ぎょうざ食べたいねってお店に向かってたら、5分後にはやっぱりうどんにしようって言ってみたり。すごい寒がりで暖まるまでずっとくっついて僕の体温を奪ったり。それに……」
「ストーップ! それって気まぐれでワガママなだけじゃない?」
「違いますよ。マイペースってことです。無理して相手に合わせるよりも好きなことして楽しそうにしてるカナさんが僕は好きなんです。それに、他の人とは違う世界観を持ってるところも。ただ、甘えるのはやっぱりラブリーの方が上手ですね」
確かにそうかも。周りの空気感を変えるのが好きだから。まぁ時には失敗して、あらぬ方向に行っちゃう時もあるけどね。あえて違う見方をすると視野も広がるし、何より人と一緒はつまらない。
「ただ、たまに考え込んでたり悩んでるのを見ると心配になっちゃいます。そんな時は一人でいたいでしょうけど、僕としては話して欲しいんですよね。それでカナさんが元気になってくれるなら」
私の目をまっすぐ見ながら話す言葉に「もうこの人しかいない!」と確信した。
「ショ〜タ〜!」
泣きそうな顔を隠すように彼の胸に飛び込んだ。まるで、しがらみや葛藤という氷を溶かすようにやさしい温もりが私を包む。何も考えず素直に甘えられていた幼い子供の頃のように声を上げて泣き続けた。
愛する人のために優しい言葉をかけ、悲しみを分かち合い、喜びを共有する。これは人にだけ与えられた特権なのだ。使い方によっては善にも悪にもなるけれど。
「やっぱり人間で良かった」
「そうですよ。泣いたり、笑ったり、怒ったり、表情だけでも分かり合えますからね」
ニャ〜!
「今、お腹すいたよ〜って言ったよねwww」
「はい、僕にもそう聞こえましたwww」
大好きな人と一緒に過ごせる幸せな時間に感謝しながら生きていこう。たとえ悲しいことや辛いことが起きてもショウタとなら乗り越えられる。
「ショウタ。これからはラブリーを見習って甘え上手になるから、そばにいてね」
「もちろんです。ラブリーのこと大好きですけど、僕はカナさんを愛してますから、安心してそばにいてくださいね」
やっとご飯にありつけて夢中で食べているラブリーの横で、一緒に作ったアボカドフライと白のヴィンテージワインで乾杯した。
✴️カナ&ショウタ✴️シリーズ 完 2022,6,4. 大河内ミュウ
あとがき
無謀にも初のオリジナル小説で連載を書いてしまった大河内ミュウです。昨年の10月から書き始め、8ヶ月でやっと最終話を迎えることができました。これもひとえにこの作品を読んでくださった方、そして初心者の私にアドバイスをしてくださった小説家のk先生のおかげです。本当にありがとうございました。
きっかけは、k先生の短編集を読んで大ファンになったことです。短いストーリーの中に男女の心の動きがまるでドラマを見ているかのように楽しめ共感できるのです。最初はこのお話も一話完結のつもりだったのですが、登場人物たちが我が子のように愛おしくなってきて、ここまで長々と書いてしまいました。
本当はまだアイデアがあるのですがなにぶん素人なので、ストーリーの展開や表現方法を勉強したうえで✴️カナ&ショウタ✴️シリーズ再開できたらなと考えています。見かけた際は彼女たちに会いに来てくれると著者の励みになります。
8ヶ月間、お付き合いいただき本当にありがとうございました。
大河内ミュウ
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