お正月気分もだいぶ抜けて、いつもの日常が戻ってきた。
今日は部長のお供で得意先に挨拶まわり。
移動中、何かできる事はないかと手帳をパラパラとめくっていると
「そっか、カナ君は挨拶まわり初めてだよな?」
去年の秋に部長の補佐にまわり、営業関連の仕事が増えた。
「そうなんです。なので何か出来ることはないかと…」
必死に先方の情報を頭に入れる。
「これから行く会社は昔から顔なじみなんだ。そんなに緊張しなくていい。」
久しぶりに聞く頼もしい言葉。逆効果なんだけどな…
そんなことを知ってか知らずか、彼は涼しい顔でハンドルを握っている。
一時間後、無事先方への挨拶を終えて車に戻ると、静まり返った車内にお腹の音が響いた。
「…ごめんなさい…。なんかホッとしたらお腹空いちゃいました!」
「もう13時か。さすがに腹減ったよな。あと15分だけ音止められるか?www」
「たぶん…大丈夫ですけど。鳴っちゃったらゴメンなさいwww」
表通りの混雑した道を抜けると、急に景色が変わる。
ポプラ並木が左右に広がる道の奥に、白を基調とした洋風の建物が見えてきた。
このお店って…
久しぶりの見慣れた店構えに戸惑い、彼を見る。
「ほら、行くぞ。」
イタズラっぽく笑いながらドアを開け店内へ。
「いらっしゃいませ、小鳥遊(たかなし)様。お待ちしておりました。どうぞこちらへ。」
お待ちしてた?ってことは。
いや、もう何が起きても驚かない。リョウは昔からこういう人だったから。
ここは私の大好きなイタリアンのお店で、味はもちろんアンティークな家具に間接照明の心落ち着く雰囲気がとても気に入っていた。
お互いの誕生日やクリスマス、それに『特別な日』にも来ていた。
この店のメニューを私は見たことがない。いつもリョウに任せていたから。
でも今は…。形だけでも見ておこうと黒板に描かれた文字をなんとなく眺めてみる。
「もうオーダーしてある。君の大好きな…いつものでいいんだろ?」
「ナポリタン?」
「それと、食後にパンナコッタだよな?」
「よく覚えてましたね。」
なんとなくうれしくて、つい笑顔になる。
もう、リョウを責めるのはやめにしよう。心が離れてしまった原因はきっと私にもあるんだよね。
それより今は愛するショウタがそばにいてくれる。
リョウとはあくまでも尊敬できる上司と信頼して仕事を任せてもらえる部下の関係に戻ればいい。
誰よりもお互いのことを理解し合っているから。
「あ〜おいしかった♪ごちそうさまでした。久しぶりに食べたけど、やっぱりここのナポリタンが一番です!」
「ほんと旨そうに食べてたな。見てるだけで腹いっぱいになったよ。」
恋人同士だった頃の穏やかな時間が流れた。
会社に戻って今日会った得意先のデータをまとめていると内線電話が鳴る。
「やっとおかえりね。待ってたのよ。」
「あっレイコさん。ゴメンなさい、今戻りました。お待たせして…。」
あのお店はスマホの電波が届かないのだ。今頃リョウも仕事の電話に追われているだろう。
レイコさんが内線電話をしてくるのは初めてだからよほど急ぎの用件なのかも?!
「で、どうだった?部長のお供は。」
「初めての挨拶まわりで足手まといになるんじゃないかって緊張してたんですけど、知り合いだから安心しなさいって言っていただいて、何とか乗り切れました。」
「そう。とっても頼もしい部長さんで良かったわね。じゃ、お仕事がんばって」
「えっ、レイコさん?何か急ぎだったんじゃ…」
「たいした用じゃないの。初めての仕事どうだったかなって思って。忙しいのにゴメンなさいね。」
レイコさんは会社専属のドクターでいつも医務室にいる。背が高くてスタイルも良くてとっても綺麗な人。若い男性社員たちの憧れの的なのだ。
さて仕事も落ち着いたし、今日はもうおしまい。たまには早く帰ってラブリーと一緒に遊ぼう。
帰り支度をしていると、ショウタが顔を出した。
「あっカナ先輩、お疲れ様です。あのーレイコさん見かけませんでしたか?」
「あ、お疲れ様。レイコさんなら医務室にいるはずよ。」
「じゃあ行ってみますね。ありがとうございます。」
ショウタ、今日はなんだか忙しそうね。大丈夫かしら。
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家へ帰り軽く食事をしてラブリーと遊んでいるとインターホンが鳴る。もう22時を過ぎているのに誰だろう。
おそるおそるモニターに目を移す。
えっ?! ショウタ。
いつも来る時は前もって必ず連絡してくれるのに。
ドアを開けると、ショウタが力なくもたれかかって来た。
倒れないように必死にカラダを支えて部屋にいれる。かなりお酒を飲んでるようだ。
こんなに酔っ払った彼を見るのは初めてだ。
「どうしたの?ほら、しっかりして!はい、お水。」
「カナさぁん、カナさんはまだ…?」
私の顔をまっすぐに見つめて何か言いたそうにしているがうまく聞き取れない。
このまま帰すのは心配だったから今夜は泊めることにした。
翌朝、カーテンを開けるととってもいい天気。
「ショウタ〜朝だよ。早く起きないと遅刻しちゃうよ」
ラブリーもベッドの上に乗ってショウタを起こす。
「ん…ラブリー?えっ、なんで僕カナさんの部屋に。」
頭を抱えながら思い出そうとしてるけど、ムリそうね。
「昨夜、お酒かなり飲んでたのよ。その様子じゃ酔っ払ってうちにきたの、覚えてないよね」
「ご、ごめんなさい!ぜんぜん、全く!僕、おかしなことしてませんか?」
「残念ながら…何もなかったから安心して?さぁ、早く食事すませて行くわよ。」
ホントは休ませてあげたいけど年明けで忙しいから無理だ。
それに何があったかは知らないが、どんな理由にせよ飲み過ぎて会社を休むなんて私にはあり得ないこと。
みんな忙しい中休まずにがんばってるんだから。
時間差で出社して部長に挨拶した後、そっと耳打ちした。
「今日、ショウタ、体調悪そうなので早く帰したいんですが大丈夫でしょうか?」
みんなの体調管理も仕事の内だったりする。もしかしたら今回のは、職権濫用かな?
「今日は中日(なかび)で営業ないから大丈夫だろう。何か急ぎの仕事があれば俺がフォローに入るから問題ない、心配するな(笑)」
な、なに?! その余裕ある笑顔は。またリョウのペースに巻き込まれそうになる。
お昼休み。そっとショウタの様子を伺ってみる。
まだ少し顔色が悪い。
(もう帰って休みなさい。部長には私から言っておくから。)
(部長に?!いえ、大丈夫です!)
(あのね、ショウタ。がんばるのはいいことだけど、絶対ムリはダメ。そんな体調で仕事してもみんなによけいな負担かけるだけよ。帰りなさい。)
しばらくLINEでやりとりをした後、ショウタは渋々帰って行った。
それにしてもどうしたんだろう。かなりショックな事があったのはたしかだ。
あと先考えないで飲むなんてことは、いままでなかったから余計に心配になる。
「カナくん、ちょっと今夜接待に同伴してくれないか?この間の社長が君をえらく気に入ってね。….カナくん?!」
「…..えっ?あ、はい。わかりました。」
「ショウタのことが心配なんだろ?早く切り上げるようにするから。」
部長にはなんでもお見通しなのね。だけどプライベートを仕事に持ち込みたく無い。
「いえ、大丈夫です。最後までいさせてください。」
たぶん今夜は自分の部屋に帰るだろう。
ショウタは自分の行動にきちんと責任を持てる人だから同じ過ちは二度としない。
そう信じて✴️♡マーク✴️いっぱいのメールを初めてショウタに送信した。
fin
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