「博士、うまくいきました!」
職員の一人が嬉々として叫んだ。私はすぐさま駆け寄り、彼女の目の前にあるモニターを凝視する。そこには、ウェルナー症候群の症状が見てとれる被験者が映っていた。
「おお……完璧だ……」
想像以上の結果に、私の声が震えているのがわかる。あまりにも感動しすぎて、喜びの表現方法がわからない。体が宙を舞っているかのように感じられ、よろけて転びそうになる。
「危ない! 大丈夫ですか?」
傍にいた職員が支えてくれた。私は「ありがとう」と声をかけ、彼女の肩を優しく叩く。知らぬ間に、私の目に涙が溜まっているようだ。両頬を伝う涙が冷たい。
見れば、職員たちの目にも涙が溜まっていた。無理もない。この日を迎えるまで、どれほど困難な道のりだったか。何年もの間、彼らはプライベートを犠牲にしてきたのだから……。
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「博士、おめでとうございます」
そう言って抱きついてきた彼女を、私もそっと抱きしめる。「ありがとう」それしか言えない。彼女は恋人と別れてまで、私の研究に付き合ってくれた。
私は職員一人一人と握手を交わし、感謝の意を伝えた。そして一同に向かって深々と頭を下げ、その部屋を後にした。
自分の部屋に戻ると、ゆったりと椅子に座って、机の上のファイルを手にとる。「長かった……」これまでの人生が走馬灯のように蘇ってくる。
増え続ける人類の人口問題。このままでは人類は滅亡する。その解決のために人生を捧げるきっかけとなったのは、先祖代々家宝とされてきた箱を見つけた事だった。
我が先祖が一瞬で老人になったというその箱。その箱に隠された秘密をようやく解明し、私は早老症を発症させるメカニズムを解き明かした。これで世界の人口を大幅に削減できる事だろう。
早い……。私の手が急速にしわくちゃになっていく。体が重だるい。唾がうまく飲み込めない。肺が苦しい。これが年老いると言う事か。もう数時間もすれば心臓も止まる……。
これを実用するかどうかは、為政者たちに委ねよう。ここに私の論文がある。発表するかどうかは研究所の皆に任せる事にしよう。
何はともあれ、私は充分に満足だ。私は私の人生を誇りに思う。そして、私の先祖を誇りに思う。我が先祖、浦島太郎……。
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