「ねえ、里美は彼の事が好きなんでしょ? 告っちゃいなよ!」
「告るなんて、ダメ……。 そんな事出来ないよ、私……」
私は、親友の和枝(かずえ)の言葉を、全力で否定する。二人の目線の先には、夕方の中学校のグラウンドで、一人黙々と走り幅跳びの練習をこなす男子の姿がある。彼の名前は石塚雅人(いしづかまさと)くん。同じクラスで同級生の彼は、私の初恋の人でもある。
「どうしてダメなの? 好きじゃないの?」
「私なんかじゃダメだよ。私なんか告白したら、雅人くんに迷惑だもん……」
そう言って私は、自分がどれだけダメな人間なのかを延々と説明した。
「顔も、体型も、性格も、勉強も、どれをとっても自慢出来るものがない私は、とんでもなく底辺の人間なの。だから、こうやって遠くから見ているしか許されないの」
何に対しても自信がない私は、自分の欠点に対しては自信を持って言える。
「里美の顔、あんたが言うほど悪くないと思うけどな」
「嫌だ! 絶対嫌だ! この野暮ったい一重が嫌なの!」
あれは半年前の事。朝、家を出る時に、お母さんから「今日は午後から雨が降るから、折り畳み持っていきなさいよ」と言われて「は~い」と返事したくせに、結局忘れてしまったバカな私。
案の定、帰る頃には結構な雨が降ってきた。友だちは先に帰っちゃって、誰にも頼れなくて困っていたら「俺、家が近いから、使って」と言って、傘を渡してくれたのが雅人くんだった。
「えっ?」と驚いているうちに、雨の中を飛び出して、ずぶ濡れのまま風のように走っていった。陸上部で足が速いのは知ってたけど、無口な人だからあまり話をした事はない。
翌日、「ありがとう……」と言って傘を返すと、「おかげで良いトレーニングになったよ」と言って笑ってくれた。あまりに眩しすぎる彼の笑顔。あの日から、私は恋に落ちてしまった。いつも笑顔で、誰にでも優しい雅人くんの事を、私はいつも目で追いかけていた。
結局、卒業するまで自分の気持ちを伝えられないまま、別々の高校になっちゃった。大人になった今でも、彼の事が忘れられない。そんな私に届いた、一枚の葉書。それは、中学卒業から十年目を記念する同窓会の案内。それを見て私は、それまで考えていた事を実行に移す決心をしたのだ。
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袖が透けた黒いワンピースに身を包んだ私の隣りには、昔と変わらない雅人くんが座っている。お洒落なホテルラウンジでカクテルを飲んでいる二人。同窓会で再会した後、彼をここに誘ったのは私だった。
「西原さん、久しぶりに会ったら、随分綺麗になってたから驚いちゃった」
「えっ、そう? ふふふ、ありがとう。石塚くんも格好良いよ、昔と変わってないね」
「そうかな? ははは、なんか照れるなあ」
恥ずかしそうに頭をかく彼。なんだか可愛く見える。
「あの、えーっと……、西原さん……、結婚は……」
「私? まだ独身だけど。そういう石塚くんの方は?」
「あっ、僕もまだ独身。じゃあ、あの……、付き合っている人とか、いる、のかな?」
「ううん、いないの、全然。そういう石塚くんの方は?」
「いや、僕なんか、あの、全然モテた事なんかないし……」
顔を真っ赤にして、下を向いている彼がまた愛おしい。
「あの、ね!」
「えっ、何?」
ちょっと大きな声で話しかけたから、驚いた彼が顔を上げて私の顔を見る。見つめられた私の瞳に、じんわりと涙が溜まりだす。
「どうしちゃったの?」
「あの、あのね……」
十年分の思いが込み上げてくるから、うまく言葉が出てこない。早くしないと、涙が溢れてしまう……。私は目を見開いて、必死に涙を堪(こら)えながら、正直な気持ちを伝えようとしていた。
「……」
「ずーっと……、ずーっと……、ずーっとね……」
「うん」
「雅人くんの事が、好きでした……」
「えっ、うそ?」
私は思い切って告白した後、両手で顔を覆って俯(うつむ)いた。バッグからハンカチを取り出し、溢れる涙を拭(ぬぐ)う。彼は、隣で女の子が泣いているという初めてのシチュエーションに戸惑っていたけど、意を決したのか、私の肩を抱きよせてこう言った。
「あのー、えーっとですね……。えーっと、あのー、そのー……。実は僕も、中学校の頃から好きでした」
「……えっ、うそ?」
少しも予想していなかった言葉に、私は驚いて顔を上げた。涙で滲んでよく見えないけど、彼の笑顔は十年前と同じだった。
一重のせいで、腫れぼったかった私の目。ぱっちりの二重に大きくした。目だけしかいじってないけど、それだけで自信がついた。やっぱり、整形して良かった!
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