ねえ、眠れないの? 困ったなあ。じゃあさ、眠くなるように昔話してあげるね。
むか~しむかし、おじいさんとおばあさんの家の裏山に、一匹のタヌキが住んでいました。タヌキは、おじいさんが畑に蒔いた種やイモを、ほじくり返して食べてしまいます。頭にきたおじいさんは、タヌキを捕まえて天井から吊るし、おばあさんにタヌキ汁にするようにと言って畑へ出かけました。……あー、これ、かちかち山だ。
これさあ、本によっていろんなパターンがあるんだよね。今の絵本だと、タヌキはおばあさんをダマして縄を解(ほど)かせた後、おばあさんを殴って大ケガを負わせた。おじいさんが仲良しのウサギにその話をすると、ウサギがおばあさんの仇(かたき)を打つんだよね。
ウサギはタヌキを柴刈りに誘って、タヌキが背負った柴に火をつけて大やけどを負わせ、やけどに効く薬だと言って唐辛子入りの味噌を渡してさらに悪化させ、今度は漁に誘って泥船で沈めて殺そうとするんだけど、最後はウサギがタヌキを許して殺さず、改心したタヌキを囲んでみんなでお茶を飲んで仲直りみたいな感じ。
昔の絵本だと、おばあさんはタヌキに殺されて、その復讐のためにウサギがタヌキを泥船で沈めて殺しちゃう。なんとも怖い話だから、現代では殺さないパターンにしているんだよね。でも実は、タヌキはおばあさんを殺した後、おばあさんの皮を剥(は)いで、それをかぶって着物を着ておばあさんに化け、おじいさんにおばあさんの肉が入った汁を食べさせちゃう。
おじいさんが全部食べ終わった後に、タヌキは正体をあらわして、おじいさんがおばあさんを食べちゃった事をばらすんだよね。おじいさんはそれを知ってわんわん泣いちゃうの。ここまでされちゃったら、ウサギがタヌキを殺したとしてもひどいとは思えないんだよね。
でもまあ、よく考えると、この話もツッコミどころが満載なんだよね。タヌキがおばあさんの皮を剥(は)ぐ事が出来るかっていう疑問があるし、それが出来たとしても、タヌキの体とおばあさんの体じゃあ、全然サイズが合わないし。あっ、タヌキが人間に化けられるとしたら可能なのか。さらに、おばあさんの声が出せるとしたらすごい。
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この話は、室町時代には既に、物語として存在していたようだね。ウサギは知恵があって人間の味方の立場、タヌキは人間やモノに化けて、人間をダマして困らせる立場。また、ウサギは裁判官の立場だと言うんだよね。
古代の日本で行なわれた、占いのような呪術的裁判では、その人が無実なら、熱湯の中に手を入れても火傷(やけど)をしないだろうし、罪があるなら大火傷を負うだろう。また、毒蛇を入れた壺に手を入れさせて、その人が正しければ死なないだろうと。
芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)が書いた「かちかち山」を読んでみると、短いけれどとても綺麗な文章で綴(つづ)られていて、「舌切り雀」や「鬼ヶ島」「竜宮」なんて言葉も出てくるから、オシャレだなぁなんて思っちゃう。
一方、太宰治(だざいおさむ)は、お伽草子(とぎぞうし)って短編小説集の中で「こぶとり爺さん」「浦島太郎」「舌切り雀」と共に「かちかち山」を書いているんだよね。太宰は、ウサギを少女、タヌキをウサギの少女に恋をする醜(みにく)い男として捉(とら)えているの。
太宰によれば、これは甲州、今の山梨県の富士五湖の河口湖の辺り、船津(ふなつ)の裏山辺りの事件なんだと。そして他の昔話に比べてかなり荒っぽいって言ってる。防空壕の中で五歳の娘に話して聞かせたら「タヌキさん、可哀想ね」と言ったんだとか。
太宰はいろいろと考えた結果、ウサギのやり方が男らしくないのは、ウサギは男じゃなくて十六歳の少女なんだと。まだ色気はないが美人なんだと。そして、人間の中で最も残酷なのは、美人の女性なんだと太宰は言っているんだよね。
その少女のウサギに恋をするのが、タヌキ仲間の中でも風采(ふうさい)が上がらない野暮な三十七歳のタヌキなんだと。タヌキはウサギにひどい言葉を投げつけられても、恋をしてしまったがためにウサギを追いかけるんだよね。
ウサギが「私はおじいさんおばあさんのお友だちなのよ。知らなかったの?」と言うと、「知らなかった、勘弁してくれ。知っていたらタヌキ汁にでも何にでもなってやったのに」と、太宰はタヌキに言わせているんだよね。
好きになってしまった美少女に翻弄(ほんろう)されたタヌキは、火をつけられて火傷(やけど)を負ったり、最後はぶくぶくと沈んでいくって感じに太宰は書いているんだけど。これはまたこれで、少女の残虐性を描いていて怖い気もするけどね。どう? 眠くなった? それは良かった。じゃあ、おやすみなさい。
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