ねえ、眠れないの? 困ったなあ。じゃあさ、眠くなるようにお話してあげるね。
むかしむかしあるところに、とても貧しい粉挽(こなひ)き職人がいたんだって。粉引き屋っていうのは、ヨーロッパではパンが主食だから、小麦を挽(ひ)いて小麦粉にしてたんだろうね。ある日、粉挽き職人が死んで、三人の息子が残されたんだって。それで、長男には粉挽き小屋、次男にはロバ、三男には猫が、遺産として分け与えられたんだって。
昔は、粉引きには水車を使っていただろうから、立派な小屋だったと思うよ。長男は、父親の仕事を継いだんだろうね。次男はロバをもらったんだけど、ロバは馬より小さいから、人が乗りやすかったり、荷物運びで役に立つから、そういう仕事をしたのかも知れないね。
ところが三男は、猫をもらったんだけど、猫をもらってもと、彼は思ったんだよね。今だったら、ユーチューブでチャンネルを開設して、猫動画を毎日アップすれば収益化されてお金も稼げるから良いかも知れないけど、昔はインターネットなんてなかったからね。
自分だけ価値のない猫をもらった三男は、とてもがっかりしていたんだけど、猫が「私に大きな袋と長靴をください。そうすれば、とても良い事が起きます」って言うんだよね。この三男は、猫が言葉を話すのに驚かなかったのかな? だってさ、ずっと家で飼っていた猫だろうからね。三男だってずっと見てきたのに、いきなり立ち上がって喋りだすって、普通は驚くと思うんだよね。
しかも、長靴をくださいって。猫の足に合う長靴を探すだけでも大変だよ。もしお店に売ってなかったら、特注で作ってもらう事になる。「すいません、猫が履(は)く長靴を作ってください」って言われたほうも「はあ?」ってなるよね。一点物だから値段も高くなるし、ただでさえ価値がない猫のために、長靴を作るって、三男はかなりのギャンブラーだと思うんだよ。「言葉を話す猫が言うんだから、何かあるに違いない」と、天性の勘が働いたのかも知れないね。
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言う通りに、袋と長靴を用意すると、猫は大きな袋を使ってうさぎを捕まえたんだって。猫とうさぎって、だいたい同じくらいの大きさだと思うんだけど、それを捕まえて袋に入れるって、簡単じゃないと思うんだけどね。
それを担いで王様のところへ行って「カラバ侯爵からの贈り物です」って言ったんだって。でもさ、いきなり猫がお城に行ったって、簡単に王様に会えるのかっていう話なんだよ。まずは門番が「待て!」って止めるでしょ。さらに、猫がいきなり話しだしたらびっくりするよね。
あらかじめアポイントなんてとってないだろうし、門番だって困るよ。でもまあ、何とか頼み込んで王様に会わせてもらったんだって。カラバ侯爵って名前は、猫が三男に勝手につけた名前なんだけど、王様はすっかり信じちゃって、何度も猫からの贈り物を受け取ったらしい。この王様もすごいね。もらえるものは猫からでももらえって感じだよね。
ある日、猫は、三男に川で水浴びをさせるんだけど、そこを通りかかった王様とお姫様に向かって「カラバ侯爵が水浴びをしている間に、大事な服が盗まれました」って嘘をつくんだよね。それを聞いた王様は気の毒に思って、立派な洋服を三男に贈ったんだって。やっぱり、ずっと贈り物をしてきたのがここで効いたんだよね。
王様は三男を馬車に乗せて、三男の城まで送り届ける事にしたんだけど、猫が馬車を先導しながら、道端で人に会うたびに、「ここはカラバ侯爵の土地ですって言わないと、八つ裂きにするぞ」って脅したらしい。たぶんこの頃には、腰に剣とかぶら下げていたんだろうね。その人たちが王様に聞かれるたびに、「ここはカラバ侯爵の土地です」って言うもんだから、それを聞いた王様は「この人は立派なんだな」と感心したんだって。
猫は馬車を先導していたんだけど、一足先に、人食い鬼が住む大きな城に着いたんだよね。猫は、鬼をだましてねずみに姿を変えさせた後に、鬼に飛びついて食べちゃったんだって。「三枚のお札(ふだ)」の和尚さんみたいな話だね。そして、馬車が来たら猫は城の外に出てきて「カラバ侯爵のお城へようこそ」って言って、王様を迎えたんだって。
元々三男は、育ちが良かったみたいで、見事にカラバ侯爵になりきって、そんな三男にお姫様は恋をして、それに気づいた王様が三男にお姫様との結婚を申し込んで、三男は喜んでそれを受け入れて、二人は結婚式を挙げて、幸せに暮らしたんだってさ。どう? 眠くなった? それは良かった。じゃあ、おやすみなさい。
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