明け方の風景

 新聞配達さえ来ない早朝から、カチャカチャと腕時計をはめる音がする。大きな背中が白いシャツに隠れる。私は眠い目を擦りながら、彼の着替えをじっと眺める。思わず「またか」と心の中で呟いてしまう。この雄鶏は鳴きもせずに黙々と着替えるだけだ。

「もう行くの?」
「ああ」

 私の問いかけに返ってくる返事がそっけない。でもこれはいつもの事だと、慣れてしまっている自分が嫌だ。肉体の欲望さえ満たしてしまえば、すぐに冷静になれる。そんな男ばかりに出会ってしまうのは何故だろう。

 たまには、目が覚めてもしばらくベッドで過ごすカップルになりたい。シーツにくるまって裸身を隠す。ハリウッドの恋愛映画で良く見かけるシーンのように。そんな素敵な男は、この日本にはいないのだろうか?

「朝御飯は食べないの?」
「うん」

 朝御飯を食べずに出ていくのはいつもの事。食事をしたくないのは、私とは家族じゃないからだろうか? 家で待つ奥さんに遠慮しているのだろうか? そんな事は、不倫相手の私がどうこう言える立場じゃない。だけど、なんか寂しい。

 私以外にも、不倫している女はたくさんいるはず。世界中で、この日本にだってたくさんいるに違いない。みんなどう思っているんだろう。寂しくないのだろうか? 切なくないのだろうか? 悔しくないのだろうか? 出来る事なら、一人一人に尋ねてみたい。

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 この人がもし、奥さんで満足できるのなら、私のところへは来ないだろう。口を開けば、奥さんに対する愚痴ばかりが飛び出す。この人に愛されていない奥さんもまた、寂しい思いをしているのではないかと思う。彼女もまた、私と同じなのだ。

「私の事、好き?」
「ああ、もちろん」

 意地悪な質問をしてみる。もしも私が嫌いなら、ここへは来ないだろう。でも、本当に好きかどうかはわからない。腹の中ではそう思っていなくても、口では何とでも言えるのだから。好きなふりをして、私の体を繋ぎとめているだけなのではないか。そんな嫌な考えが頭をよぎる。だけど、それでも良い。来てくれるだけで、私は良いんだ。

 彼の事を遠くから見つめていた頃は、愛しているだけでも幸せに思えた。それが、付き合うようになって目の前にいる事が増えると、愛してほしくなる。体だけでなく、心も愛されたい。不倫相手の私には贅沢な望みなのだろうか?

「今度はいつ来れる?」
「わからない。また連絡する」

 そう言って、彼は部屋を出ていった。私は窓の傍に立ち、カーテンの隙間から彼の背中をそっと見送る。我知らず、涙の雫が頬を伝う。私は一人、仕方がないよと自分を慰めるより他にない。新たな一日が静かに始まっていく。

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