河川敷の橋の下で、息を潜(ひそ)めてその時を待つ。
「もうすぐだよ、美波(みなみ)ちゃん。心の準備は出来た?」
親友の茜ちゃんが私の肩を抱いている。一人だったら出来ない事でも、彼女がいるからきっと出来る。
「うん、大丈夫」
本当は全然大丈夫じゃない。足も手も震えている。口の中では歯がガタガタ鳴り出している。夏だと言うのに、身震いが止まらない。
「でもさ、本当に一人で来るの?」
心配性は私の悪い癖。
「うん、今日は病院に行くから部活しないって言ってたよ」
各クラスに友だちがいる茜ちゃんの情報ネットワークは信頼出来るけど、それでも私はマイナス思考が止まらない。集団で歩いて来られたら、絶対に話しかけられない。
「ねえ、もしかして、あれ、違うかな?」
茜ちゃんが指を差す。遠くの方に見える、それらしき人の姿。
「ああ……そうかも」
私は既に緊張して、口が乾いている。きっと鏡を見れば、真っ青な顔に違いない。
「よし、行け、美波ちゃん! ファイト!」
茜ちゃんに思い切り背中を叩かれて、気合が入った。よし、行くしかない。覚悟を決めて、一歩二歩三歩と坂を駆け上がる。
「あの、すいません!」
「はい」
驚いた彼が立ち止まる。恐らく彼にとって私は、どこの誰かもわからない女の子。彼の緊張感が伝わってきて、私の体を硬直させる。
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「突然すいません。私は、二年二組の橋本美波です。これ、良かったらどうぞ!」
そう言って頭を下げながら、手作りクッキーと手紙が入っている紙袋を差し出した。
「えっ? あ、何かわかんないけど、とりあえずありがとうございます」
やった。受け取ってもらえた。まずは第一関門突破。次はいよいよ、本題だ。
「あ、あの……その……えっと……」
どうしょう、言葉が出てこない。
「もし良かったら、私と……」
どうする? 言うの? 言っちゃうの? 行け! 言っちゃえ!
「好きです! 付き合ってください!」
ああ、言っちゃった。どうしよう。頭を上げられない。怖くて顔が見れない。
「ごめんなさい」
ああ、やっぱり、ごめんなさいだ。
「気持ちは嬉しいんだけど、今は野球の事で頭が一杯で。本当に、ごめんなさい」
「あ、いえ、良いんです。私の事なんか気にしないでください。野球、頑張ってください。応援してます」
「あ、はい、ありがとうございます。それじゃ」
ああ、カッコよすぎる。爽やかすぎる。そうだよ、私なんかと付き合ってる暇があるなら、練習しなきゃだめだよ。
ああ、でも……でも……。
「茜ちゃん……」
振り返って、震える声で助けを呼ぶと、飛んできてくれた茜ちゃん。涙が滲んで前が見えない私を抱きしめてくれた。
「美波ちゃん、よくやった! えらいよ、本当に……」
私のために泣いてくれる茜ちゃん。嬉しくて嬉しくて、彼女を思いきり抱き締める。ひとしきり泣いた私たちは、坂の斜面で寝ころんだ。雲一つない青空。夏の太陽が眩しい。
「青春は、苦いなあ!」
感じたままの気持ちを、空に向かって叫んだ。茜ちゃんも「苦いなあ」と叫ぶ。
「もうすぐ夏休み、元気だして行こう!」
茜ちゃんが空に向かって叫んだ。私は「うん」と答え、思い切り笑った。
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