静かな室内に響くエアコンの音。朝から雨が降り続くせいか、いつにも増して寒さを感じる。パソコンに向かって頭を悩ませていると、ふいに鳴り響くスマートフォンの着信音。「誰から?」慌てて確認すると、待っていた人からの電話。胸の高鳴りが止まらない。
「もしもし……」
「こんばんはー!」
耳に飛び込んできたのは、いつもよりさらに甲高い声。歌うようなその声から、上機嫌な様子が見て取れる。
「陽子さん?」
「そうよー」
送ってくれた写真は、着物が似合いそうな和風美人。決して出しゃばらず、三歩下がってついてくるイメージ。最初に電話で話した時は、イメージ通りの話し方だったのに……。
「あの……」
「なーに?」
カランコロンと音がする。氷がぶつかる音だ。グラスを持って電話をしている姿が目に浮かぶ。
「今日もー、お仕事―、頑張ったねー。お疲れ様―」
呂律が回っていない。だいぶ酔っているようだ。
「今、何を飲んでいるんですか?」
「焼酎オンザロックよーん」
「大丈夫……ですか?」
「何がー?」
やっぱり、大丈夫ではない。きっと、白い頬を紅潮させているのだろう。まあ、それもまた色っぽくて、素敵だ。
「機嫌が良さそうですね」
「うーん。今日は良い天気だったからねー。とーっても、良い気分よー」
朝から降り続く雨のせいで、こっちは気分が曇り空だと言うのに……。
「今、何してたんですか?」
「今? 空を見てたのよー」
「こっちは雨ですよ」
「あら、ざんねーん。じゃあ、お星さま、見えないねー。とっても綺麗なのにねー」
グラスを片手に星を見ているなんて、絵になる人。
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インターネットで知り合って一年になる。電話するようになったのはつい最近。それまでは、DMで文字だけのやり取り。
毎日DMでいろいろな事を教えあった。お互いバツイチで子どもはいない。年齢もほぼ同じ。好きな歌、好きなドラマ、好きな映画もほぼ同じ。極度の人見知りなところも似ている。
そして、彼女の使う言葉がまた、僕の心をくすぐってやまない。言葉に敏感な僕は、彼女が選ぶ絶妙な言葉に、たまらなく酔ってしまう。
長すぎず、短すぎない。古(いにしえ)から日本人の心に根付いてきた「わび・さび」の世界。子どもの頃から本が好きで、文学少女だった彼女は、たとえ酔っていても言葉が乱れない。
酔っていても……。
僕は、蜂に刺されて以来、アルコールの匂いを嗅いだだけで、蕁麻疹が出てしまう。二十代の頃は浴びるほど飲んでいたのに、今では飲みたいとすら思わない。
でも彼女は、お酒が大好き。仕事から帰ってくると、すぐに飲み始めるようだ。そして、特に好きなのが、焼酎だと言う。
「焼酎、お湯割りですか?」
故郷の人たちは、焼酎をお湯割りで飲む人が多い。それで何となく聞いてみた。
「ロックよ」
「え? 冬でも?」
「そう、一年中、オンザロック!」
DMでもよく見る「酔っぱらっています」の文字。しかし、電話で話すようになってから、それがより現実的に感じられるようになった。
和服が似合う美人で、飲むのは焼酎オンザロック。何とも魅惑的で、ますます惹かれてしまう。どんな人なのか会ってみたいが、千キロ以上も離れていては容易ではない。
「お星さま、一緒に見たいなあ……」
「うんー。……じゃあ、来たらー?」
簡単に行ける距離ではないのに、何ともそっけない。
だけど、そんな君を、僕は好きになった。彼女の気持ちを知りたいけど、怖くて聞けない。いつか聞けるかな。
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