一年前の約束

「明日、約束の時間に約束の場所で待っているから」

 光(ひかる)がこのメッセージを送ったのは昨夜(ゆうべ)の事。結実(ゆみ)からの返事はなく、彼女が必ず来る自信はない。それでも光は車を走らせる。自らの不安を打ち消すように、お気に入りのCDを大音量で聞きながら、一年前のあの日を思い出す。

「一年だけ、一年だけ待ってほしい。もし君が、それまで俺の事を好きでいてくれたなら、一年後の今日のこの時間に、この場所で会ってほしい。もし他の人を好きになっていたら、ここには来なくて良いから。その時は、俺は君の事を諦める」

 困った顔で笑いながら、結実は黙って頷いた。光は、こうと決めたら信念を曲げない頑固さを持っている。長い付き合いで彼の性格をよく知っているため、何を言っても無駄だと諦めている苦笑いだ。

「俺は本当にどうしようもない男だ。すぐカッとなって仕事を辞めてしまうし、ギャンブルもなかなか辞められない。君の事は大好きだし結婚したいけど、このままの俺だったら君を幸せには出来ないと思う。だから、俺は今日から生まれ変わる。真面目に働くし、ギャンブルも辞める。一年間、一生懸命に働いて金を貯める。一年後、自分に自信がついたら、必ず君にプロポーズする」

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 光からのメッセージを受け取った結実の脳裏に、一年前の言葉が蘇る。あの時は、今のままの光でも別に構わないと思っていた。だけど、あんなに真剣な顔の彼を見た事がない。もし本当に変わると言うのなら、そんな彼を見てみたい。

 会いたいと言う事は、あの決断を胸に秘めているのだろう。いよいよプロポーズか? 彼への気持ちは変わらないけれど、一年も待たせた罰として少し心配させてやろう。そう思って、わざと返信はしなかった。

 結実の本心を知らないまま、光は約束の場所を目指す。二人が初めてデートした水族館。イルカのショーを一緒に見て、水しぶきを浴びながら大笑いした思い出の場所。

 助手席に置かれた小さな箱には、この日のために用意したものが入っている。イルカが好きな彼女のために特別に作ったオーダーメイド。世界に一つしかない指輪。プロポーズの言葉をあれこれと考えているうちに、車は目的地に到着した。指輪をポケットに入れて車を降りる。駐車場を通り抜け、水族館の入り口で待つ。

 約束の時間より早めに着いた。休日と言う事もあり、家族連れが多い。小さな子どもの手を引いた若い夫婦が、彼の前を通り過ぎる。何年か後には、自分もあんな感じになるのだろうか。しかし、彼女がプロポーズを受けてくれるかどうかわからない。来ない可能性だってある。不安と期待が交互に押し寄せる。

「待った? 早かったね」

 ふいに聞こえた懐かしい声。振り向くと結実が立っている。「私の方がずいぶんと待ったね」と笑う彼女に抱きつかれながら、光はポケットの中の指輪を捜していた。

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