「本当に良いの?」
「……うん」
僕の問いかけに、君は恥ずかしそうに笑った。この日が来る事を、僕はどれほど待ち焦がれただろうか? 君がこうして僕の横にいる。僕と、肌と肌を触れ合っている。これを奇跡と言わずに、何と言えば良いのだろう?
「後悔しない?」
「後悔なんてしない。だって、私が望んだ事だから……」
君はそう言って、僕の裸の胸に顔を埋(うず)める。君の額(ひたい)が僕の肌に当たる。僕は思わず、君を強く抱きしめる。今まで何度、夢の中で君を抱きしめた事だろう。
偶然歩いていた街中で君に出会った。見覚えのある青い傘をさして、小雨が降る中、君は俯(うつむ)きながら歩いていた。あの傘、あの背格好、あの雰囲気、僕は思わず声をかけてしまったんだ。
「もしかして、瞳(ひとみ)ちゃん?」
「え?」
君は驚いて僕を見た。僕が作り笑いをした時、君はとびっきりの笑顔を見せてくれた。あの頃と同じ笑顔、やっぱり君は可愛いよ。
「どうしたの?」
「……ううっ」
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君は突然、その場で泣き出してしまった。ただ事ではないと思った僕は、話を聞くために一緒に喫茶店に入った。コーヒーを飲んで、ようやく落ち着いた君は、少しずつ話してくれたね。
「もうすぐ結婚式じゃないの?」
「うん……」
「喧嘩でもしたの?」
「ううん……」
「じゃあ、どうして?」
「私、あなたの事が……忘れられない」
俯いたまま言ったその言葉が、僕の胸に突き刺さった。
もともと愛し合っていた僕たち。いつまでも一緒にいられると思っていた。だけど君は、お父さんが選んだ相手と結婚しろと言われて、僕たちは無理やり引き裂かれてしまった。
「僕だってまだ、君の事を……好きだ」
僕のその言葉に、君はとても嬉しそうに笑った。さっきまで泣いていた子どもが急に笑うみたいに、無邪気な笑顔を見せた。
「ねえ、あなたの家に行っても……良い、かな?」
「えっ? ああ、うん、もちろん……良いよ。じゃあ、もう行こうか?」
喫茶店を出た後、コンビニで弁当を買ってから、僕のアパートに向かった。部屋に入ると君は、すぐに僕に抱きついてきた。僕も思わず反射的に君を抱きしめる。これから結婚しようという人に、こんな事をして良いのか。理性が僕を責め立てるが、抑えきれない感情が言う事を聞かない。
こうして僕たちは、お互いに初めての人になった。僕の横には君がいる。この先どうしたら良いのかは、僕にはわからない。後ろめたい気持ちもあるけど、このままずっとこうしていたい。君をもう、誰にも渡したくない。そう思いながら僕は、また君を抱きしめるよ。二人の夢が叶う事を信じて。
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