「蘭(らん)と浮気したでしょ?」
「えっ? な、何だよ、急に。するわけないじゃん、俺が」
「だって、二人で腕組んで楽しそうに歩いていたの、見た人がいるのよ」
「そ、それは、人違いだよ。もう、参っちゃうな。君の誤解だよ」
私の質問に、彼は笑って答えた。でも、嘘ついてるってすぐわかる。彼が嘘をつく時、必ず一度、手で口を隠す。目も泳いでいるし、焦っているのがバレバレだ。
「俺がそんな酷い男に見える? 俺の目には、君しか映ってないよ」
顔を近づけて、切れ長の目をキラキラさせている。聞いている方が恥ずかしくなるほど、歯の浮くような台詞(せりふ)を簡単に言える男。信じろという方が難しい。おまけに、とってつけたようなキス。義務的で、全然気持ちが入っていない。前はもっと、キスをされただけで胸がときめいたのに。これは、とりあえずしましたけどって感じだ。
蘭には、もっと気持ちを込めるくせに。嫌味の一つも言いたくなるけど、悔しいから言わない。あなたが嘘をつき通すのなら、私もそれに付き合いましょう。大人の恋なんてそう。みんな嘘つきばっかり……。
「あれ、久美子?」
「えっ?」
三月の始め。彼とカフェにいた時、後ろから突然声をかけられた。
「久しぶりね、同窓会以来じゃない? あら、こちらの方は? もしかして、彼氏さん?」
「どうも初めまして。工藤真一(くどうしんいち)って言います」
「えっ? 工藤新一? 名探偵コナンの?」
「ははは、よく言われますけど、字が違うんです。俺の場合は新しいじゃなくて真(まこと)の方です」
「あー、そうなんですか。実は私、名前が蘭なんですよ。田口蘭って言います。久美子とは中学の同級生なんです。よろしくお願いします。へー、そうですか、真一さんですか……」
この時きっと蘭は、運命を感じたに違いない。蘭と真一なんて、誰もが知ってるお似合いのカップルじゃない。あの子の考えてる事なんてすぐにわかった。
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昔からそう。人のものをすぐに欲しがる。
「それ、可愛いね」
「ありがとう。私、もう一個あるから、あげる」
「ほんと? ありがとう」
誰かが可愛いものを持っていると、すぐに欲しがる。そう言えば、誰かの彼氏を奪った事もあった。ああ、どうしてあそこで出会っちゃったんだろう。
嫌な予感がしたから、彼の連絡先は教えなかったのに、どうしてわかったんだろう? もしかして、私が目を離した隙に、自分の連絡先を渡したのかも知れない。そういう事、平気でやる子だから、あいつは。
そして昨夜(ゆうべ)、誰から聞いたのか私の携帯に電話してきた。
「あのさあ、単刀直入に言うけどさ、真一さんと別れてくれない?」
「な、何よ、急に。何であんたに、そんな事言われないといけないのよ」
「うーん、何でかって? だって、私と彼、すごく相性が良いの。何てったってさ、蘭と真一だもん」
「何よ、それ」
「それだけじゃない。何て言うの、体の方も、ね。わかるでしょ?」
その瞬間、急いで電話を切った。それ以上、聞きたくない。
目の前の男は、浮気したくせに平気で私の体を求めてくる。何よこれ? このまま私に隠し通すつもりなの? このまま二股を続けていく気なの?
ああ、悲しくてやりきれない。
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