ある日突然、僕の前に現れた天使。実家の旅館のアルバイトに来た君を見て、一目で恋に落ちたんだ。昔好きだった漫画のヒロインが実体化したかと思うほど、容姿も性格も好みのタイプなんだもの。
おまけに同い年の僕たちは、すぐに仲良くなったよね。観ていたドラマや聴いていた歌も、そうそうそれそれって、驚くほどにぴったり。この出会いは運命だと思ったとしても、全然おかしくなんかないよね。
海がない県で育った君は、海を見るのが好きだった。朝の海、昼の海、夜の海、空いた時間を見つけては、すぐ目の前の浜辺へ駆け出した。その姿を見て、僕もすぐに飛び出していく。
「忙しい時はだめだけど、暇な時はいつでも良いよ」
両親が君に言った言葉。人懐っこい君の人柄にメロメロなのは、どうやら僕だけじゃないみたいだ。
僕には姉がいたけど、生まれる前に亡くなったから、会った事はない。初めての子ども、初めての孫。両親も祖父母も、とても嬉しかったって言ってたよ。でも突然の病気で、言葉も話せないまま逝(い)ってしまったんだ。
そのためか、僕は大事に大事に愛されて育った。この島を出るまで、悪い人なんていないと信じていた。でも世の中には、そうでもない人がたくさんいた。たくさん傷ついてしまった僕は、鬱(うつ)になって会社を辞め、この島に帰ってきた。
そんな僕を、家族はみんな優しく迎えてくれたよ。そして、君がこの島にやってきてから、僕はたくさん笑うようになったんだ。君がいるだけで、周りがすごく明るくなる。姉を亡くした両親にとっては、きっと娘のように思えたんだろうね。
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だけどこの前、僕は知った。君がこの島に来た本当の理由を。君は教えてくれたよね。同棲していた彼と大喧嘩して、飛び出してきたんだって。大好きで大好きで、結婚も考えていたのに、君の親友と浮気したんだよね。
笑顔で話してくれた君の心が泣いていた事を、僕はわかっていたよ。僕は昔から、人の気持ちに敏感なんだ。辛い体験をした君の気持ちが伝わってきて、胸が張り裂けそうに痛かった。
そんな奴、もう忘れなよ。ここにずっと居(い)たら良いよ。僕の家族はみんな、君の事が大好きだ。そしてもちろん僕も、君の事が大好きだ。
感極まって、思わず口から飛び出した君への思い。思いもかけない愛の告白に、どう返事をして良いか戸惑う君。困らせてごめん。だけど、今日まで一緒に過ごして、僕の胸の中で膨(ふく)らんできたこの感情は嘘じゃない。
愛の告白をした後も、君は変わらずに僕と接してくれた。それがどんなに、僕を勇気づけたか。やっぱり世の中、悪い人ばかりじゃないよね。傷ついた僕の心が、少しずつ形を取り戻してきた頃、君の心に変化が訪れた。
君はこの島に来てからずっと、彼と連絡を取っていたんだね。どんなに言い訳をされても、最初は信じられなかった君。だけど、親友との浮気は誤解だったって事がようやく理解できて、自分の間違いに気づいた。そして、僕の告白を受けてから、やっぱり彼の事が大好きだった事に気づいた。
「ありがとう。あなたのおかげです」
そう言って笑う君に、僕はどうリアクションしたら良いんだろう。正解がわからなくて、ただ作り笑顔をするしかなかった。
今日、君はこの島を出ていく。その前に、僕の歌を聴いてくれないか。昨夜(ゆうべ)、君の事を想いながら作った曲です。笑顔をくれた君に届け。僕の愛の歌。
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