「ごめん、もう……行かなきゃ」
隣に眠る瑞希(みずき)の寝顔を見ながら、壮輔(そうすけ)の脳裏に過ぎた日の思い出が蘇る。あまりにも時が経ち過ぎたため、記憶がはっきりしない。それでも、彼女の泣き顔だけは、今も鮮明に覚えている。
内気な壮輔が、中学入学以来好きだった瑞希に告白するまで、二年かかった。たまたま隣同士になり、最初に話しかけたのは彼女。笑顔が素敵な女の子、壮輔はすぐに恋に落ちた。
彼は数学で彼女は英語、お互いが得意な科目を教え合ったり、楽しかった事や腹が立った事など、親友のように何でも話せる関係になっていった。
友だちとしてはとても良い関係なのに、それ以上の関係を求めたらどうなるのだろう。胸に秘めた恋心を打ち明けられないまま、時はどんどん過ぎていく。
中学三年になり受験生となった壮輔は、ある決意を固めていた。日毎募る彼女への思い、勉強も手につかない。いっそ告白して、ダメだったら勉強に打ち込む事にしようと。そして花火大会を観に行った帰り道、真剣な顔で言った。
「僕と付き合ってくれませんか?」
瑞樹の動きが一瞬止まり、やっぱりダメかと思った彼の耳に届いたのは、「いいよ」と言う意外な一言。そこで初めて、お互いが両想いだった事を知る。
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友だちから彼氏彼女になった二人は、同じ高校を目指して勉強に励むようになる。成績も上がっていき、バラ色の未来が待っていると信じて疑わない。そんな壮輔に、信じられない事が告げられた。
「私、引っ越しする事になった」
父親の転勤で、遠く離れた県外に引っ越していく瑞樹。最後は笑顔で別れたいのに、瑞樹の涙に釣られて壮輔の涙腺も崩壊した。
その後、手紙やメールでのやりとりを続け、同じ大学を受ける事を約束。離れていても心が通じている事を知り、励まし合って勉強した二人は、見事に同じ大学に合格。そして再び付き合う事に。
二人の関係はずっと続いていくと思っていたのに、運命はそれほど優しくはない。きっかけは些細な口喧嘩。お互いの意地がぶつかり合い、大きな亀裂は修復不能に発展。壮輔の恋は終わった。
時は流れ、それぞれ別の人と出会って結婚。しかし壮輔は、どうしても瑞希の事が忘れられない。楽しかった思い出が、色あせない記憶として残っている。
瑞希の記憶を消せないままの結婚生活は上手くいくはずもなく、三年で終わりを告げた。そして今、やはり結婚したが離婚してしまった瑞希が隣にいる。街で偶然出会った二人。またしても運命は、二人をもう一度引き合わせたのだ。
壮輔の部屋に、朝日が差し込んでいる。幼子のように眠る瑞希の頬に、そっと手を当ててみた。初めて会った日の、あの笑顔が蘇る。
初めて会ってから二十年の時が過ぎた。若さのせいで許せなかった事も、今ならきっと笑いとばせるに違いない。遠回りした壮輔の初恋が、また動き始める。
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