泣き上戸

「俺なんか本当、だめな男だからさ」
「えー? そうねえ、あんたは本当、だめな奴だよねえ。あんたと一緒にいると苦労するよ、うん」

 居酒屋の隅で、向かい合う男女。テーブルの上には、空(から)になったジョッキがいくつも並んでいる。ワイシャツにネクタイ姿の祐司(ゆうじ)はへらへらと笑い、肌の露出が多い派手な衣装を着る恭子(きょうこ)は大声を出している。

「君には悪い事をしたと思っている」
「そうだそうだ、私に謝れ」

 そう言って恭子は、おしぼりを投げつける。胸に当たって苦笑いの祐司。周りの客が驚いて注目するので、祐司は「何でもありません、大丈夫です。お騒がせしてすいません」と謝る。それを冷たい眼差しで見ている恭子。

 一年付き合っていた二人にとって、今日が最後の日。別れを言い出しづらい祐司は、どうやって話そうか悩んでいる。一方の恭子は、彼が浮気をしている事は知っているし、別れたがっている事にも気づいている。

 誰にでも優しい祐司は、惚れっぽくて冷めやすい。次から次へと付き合っては別れてを繰り返しており、恭子とは割と長く続いた方だ。

 プライドが高い恭子は、自分が振られたのだと認めたくない。ただ捨てられるのではなく、少しでも抵抗したい。女の意地を見せたい。だからこそ、わざと大げさに酔ったふりをしている。

 男なんかにすがって生きるような弱い女じゃないと、自らを鼓舞する。あまり酒は飲めないのに「何よ、ただの色のついた水でしょ」と言いながら、ぐいぐいと飲んでいく。

Sponsered Link



 彼女が酒に弱い事を知っている祐司は、それを心配そうに見ている。彼が周りの目を気にして困っている姿が、恭子をこの上なく痛快な気分にさせる。

「何よ、言いたい事があるならはっきり言いなさいよ、もう」

 回りくどい言い方にはもううんざり。どうせ私を捨てる気なんでしょ。胸の奥に鎮めていた怒りの感情が、酒によってどんどんと露(あら)わになっていく。

「私とあんたはどうせ、うまくいかない運命なのよ」

 女を泣かせるひどい男というレッテルを張りつけてやろうと、わざと泣いて周りの注意を引きつけてみる。最初は演技で泣いていたつもりだったのに、酒のせいかどんどん悲しくなる。それが演技なのか本気なのか、彼女自身も曖昧になってくる。

 周りの冷たい視線におろおろしている様子を見ながら、段々と恭子の気も治まってきたようで、最後まではっきりと言わない彼にこう切り出した。

「じゃあもう、過去の事は忘れて、お互いそれぞれ新しい出発をしましょう。はい、乾杯!」

 そう言って酒を飲み干すと、彼を立たせて勘定を済ませ、店の外に出る。飲み過ぎたせいでふらふらする恭子を「大丈夫? 帰れる?」と祐司が心配する。その言葉がまた気に入らなくて、彼女の心を苛立たせる。

「私? 私の事は気にしないで。誰かに誘われたらついていくかもね」

 そう言うと、恭子はまた店の中に入っていく。精一杯の強がりを見せた彼女の背中は、少し震えていた。

『雨の中の女 神野 守 短編集 第1巻』amazonで販売中!

https://www.amazon.co.jp/dp/B07FYRKPL2/

Sponsered Link



投稿日:

執筆者:

Sponsered Link




以下からメールが送れます。↓
お気軽にメールをどうぞ!

こちらから無料メール鑑定申し込みができます。お気軽にどうぞ!
お申込みの際は、お名前・生年月日(生まれた時刻がわかる方は時刻も)・生まれた場所(東京都など)を明記してください。
ご自身のこと、または気になる方との相性などを簡単にポイント鑑定いたします。何が知りたいかを明記の上、上記までメールを送ってください。
更に詳しく知りたい方には有料メール鑑定(1件2000円・相性など2人の場合は3000円・1人追加につきプラス1000円)も出来ます。
有料鑑定のお申し込みは「神野ブックス」まで!

神野守の小説や朗読作品その他を販売するお店です。創作の応援をしていただけるとありがたいなと思います。

「神野ブックス」

最新の記事をツイッターでお知らせしています
神野守(@kamino_mamoru)

  • 136現在の記事:
  • 325103総閲覧数:
  • 88今日の閲覧数:
  • 41昨日の閲覧数:
  • 575先週の閲覧数:
  • 2939月別閲覧数:
  • 188239総訪問者数:
  • 60今日の訪問者数:
  • 40昨日の訪問者数:
  • 474先週の訪問者数:
  • 1331月別訪問者数:
  • 59一日あたりの訪問者数:
  • 1現在オンライン中の人数:
  • 2018年8月14日カウント開始日: