あなたとここに一緒にいるなんて、私にとっては奇跡的な事。とても信じられない。憧れのあなたから「一緒に帰ろう」って言われた私は、それから緊張して何も喋れなかった。
「えっ? 雨が降ってきたよ」
そう言ってあなたは、私の手をとって走りだした。確かに、雨が頭を叩いている。だけどそんな事より、突然の事でもう、私の頭はパニック状態。顔は火照って赤くなるし、あなたに握られた手が汗ばんで恥ずかしいし……。
「あそこに入ろう」
あなたに言われるまま、バス停の中に入る。誰もいない空間に、私とあなただけがいる。もう、胸が破裂しそうに痛い。私の鼓動が大きな音を立てている。あなたに聴かれそうで怖い……。こんなにあなたの近くにいる事なんて、今まで一度もなかったから。
高校入学して、一緒のクラスになった時から、ずっとあなたを見つめてきた。私の席は窓側の一番後ろで、あなたは廊下側の一番前。顔は前を向きながら、私の右目はずっとあなただけを見ていたの。
あなたはサッカー部。サッカーの事はよく知らないけど、あなたがどこにいるかはすぐにわかる。吹奏楽部に入った私は、部室からいつもあなたの姿を目で追うのが楽しみだった。
それが今、こんなにも近くにあなたを感じている。恥ずかしくて顔を上げられない。あなたを見たいけど、それが出来ないもどかしさ。ああ、これが恋なんだなあ。私、今、恋をしているんだ。
「あのさ、ちょっと良い?」
「えっ?」
あなたの問いかけに、私は驚いて顔を上げた。あなたの顔が近くにある。本当に近くにありすぎて、体が震えだしてしまう。逃げたくて逃げたくて仕方がない。夢にまで見ていた事なのに、どうして逃げたくなるんだろう。自分でも、自分の気持ちがわからなくなる。
「横山さんてさ、好きな人、誰かいるの?」
「え? あ、あの、えーっと……」
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何て答えたら良いんだろう。あなたが好きって言いたいけど、ここで断られて気まずくなりたくない。何より、嫌われたくない。どうしたら良いんだろう。
「俺さ、前から君の事、好き、だったんだよね……」
「えっ? 私」
「うん。もし良かったら、俺と、付き合ってくれないかなあ、なんて、思ったりしてるんだけど。どう、かな?」
「えっ……」
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。胸が苦しくて声が出ない。
「ごめん、迷惑かな? 迷惑だったら諦めるよ」
「いや、あの、私、迷惑なんかじゃないです」
「えっ?」
「いや、あの、私、あの、ずっと、あの、田村くんの事……好き、でした」
「えっ? 本当?」
声が出ないから、黙って頷いた。顔はもう真っ赤っか。熱っぽい。体温が急上昇している。
「あ、雨、止(や)んだ」
あなたの声でバス停を飛び出す私。さっきまでのどしゃ降りが嘘みたいに、太陽が私たちを照らしている。「良かったね」と笑うあなたの横顔が眩しすぎて、直視出来ない。
「さあ、行こう」
あなたが右手を差し出す。だけど私は勇気がなくて、あなたのシャツの裾をつまむのが精一杯。あなたは私の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩いてくれる。その優しさがすごく嬉しい。
「夏休み、どっか行こうか?」
あなたが振り返って笑う。私はもう、今の状況が信じられなくて、ただ頷く事しか出来ない。ああ、私、今、恋をしている。恋をしているんだ、あなたに。
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