降りしきる雨の中、蒼汰(そうた)はひたすら走っていた。長い雨のせいで、道路は川のように水が溜まっている。バシャバシャと音を立て、水しぶきを上げながら走る蒼汰を、すれ違う人たちが奇異な目で見送っている。
「間に合ってくれ」
心の中でそう叫ぶ。どしゃ降りの雨と同じくらいに、彼の心の中は荒れ狂っている。
「私、東京へ行く」
「えっ? 東京?」
突然の彼女からの電話に、休みで朝寝坊していた寝起きの頭に衝撃が走る。
「なんで? 急に?」
「前から言ってたでしょ? 私、東京に行きたいって」
「そりゃあ、言ってたけど……」
「十一時の電車で行くからね。見送りは良いから。じゃあ、元気でね!」
「ちょ、ちょっと待って! まだ話が……」
蒼汰が言い終わらないうちに、彼女は電話を切ってしまった。慌てて時計を見ると、十時四十五分。あと十五分しかない。駅まで歩いて十五分くらいかかるから、すぐにでも家を出ないと間に合わない。回らない頭をフル回転させながら、服を着替えて外に飛び出した。
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「ま、まじかよ……」
歩いて一分もしないうちに、ゲリラ豪雨だ。まさにバケツをひっくり返したような大雨が降り注ぐ。もう、傘を取りにいく時間はない。蒼汰はずぶ濡れになりながら走る。
途中、母親に手を引かれた小さな女の子から指を差されるが、気にしていられない。彼女に会って、言えなかった言葉を伝えたい。そればかりが頭をよぎる。
彼女と出会ったのは、アルバイト先のコンビニだった。大学受験に失敗した彼は、浪人生活を送りながらコンビニでバイトをしていた。彼女は彼よりも数か月後に入ったアルバイトだった。専門学校を卒業後、東京で就職したが人間関係でつまずき、実家に戻ってきたのだ。
何かと悪戯(いたずら)を仕掛けてくる三歳年上の彼女。二人が仲良くなるのに時間はかからなかった。好きな女の子に告白出来ず、恋愛経験のない内気な彼に、何かとちょっかいを出す陽気な彼女。彼女の存在は、浪人生活にくじけそうだった彼の心の中で、だんだんと大きくなっていった。それはいつしか恋心になっていく。
「私、女優になりたいの」
大きな瞳をきらきらと輝かせながら、蒼汰に自分の夢を語る彼女。喜怒哀楽でいろいろと表情を変える彼女を見ながら、女優に向いているように思えた。
こんな田舎にいるのはもったいない。東京でチャンスを掴(つか)んでほしい。そんな思いで、彼女の夢を聞いていた。一方で、好きだという気持ちはどんどん大きくなっていく。
いつの間にかゲリラ豪雨は止み、蒼汰は駅を視界に捉えた。しかし無情にも、踏切の警報機がカウントダウンを始めている。東京へ向かう電車がホームに入る。彼女がどこにいるのかさえ、彼には見当もつかない。
結局、彼が駅に着く前に、電車は出発してしまった。蒼汰は「好きだ」と言う言葉を心に抱えたまま、濡れたレールを見つめるだけだった。
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