「お姉ちゃん、頼むよ!」
「わかった、可愛い妹よ。ちょっとそこで待っていなさい」
とある一軒家の二階、部屋に訪ねてきた妹の志乃を座らせると、綾乃はタロットカードを並べ始めた。そして、大きな瞳を閉じた後、カードの上に右手をかざしながら、どれが最適なカードなのかを探ってみる。
「お姉ちゃん、それさ……」
「ちょっと黙ってて。集中してるから」
「ごめん……」
志乃は慌てて口に手を当てる。そして今度は黙ったまま、姉の右手の動きをじっと観察する事にした。綾乃の長い髪が、箒(ほうき)で掃(は)くようにカードを撫(な)でている様子が気になるが、声を出さないようにひたすら我慢する。
一分近く彷徨(さまよ)った右手がようやくカードを捉(とら)えたようで、綾乃は志乃を見つめて微笑みながら言った。
「色は深紅(しんく)だわ」
「深紅って事は、赤ね。ちょっと待ってて」
そう言って志乃は立ち上がり、隣続きの自分の部屋に駆け込んだ。クローゼットを開け、赤系統の服を探しては、手当たり次第にベッドに放り投げる。気に入った服はすぐに買いたくなる志乃。値札がついたままで着ていない服も多い。みるみるうちに、ベッドには服の山が出来上がった。
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「お姉ちゃん、お姉ちゃん、どれが良いの?」
両手いっぱいに服を抱えて部屋に入ってきた志乃に驚きながらも、綾乃は微笑ましく彼女を迎えた。自分を信頼して頼りにしてくれる妹が、この上なく愛(いと)おしいのだ。
「じゃあ、一枚ずつ着てみたら? 私が良いと思うのと、志乃が良いと思うのが一致したら、それにしよう」
「うん、わかった」
素直な志乃は、姉の言う通りに一着ずつ試着を始めた。
明日は、志乃にとって大事な日である。長い間、片想いしてきた憧れの彼と、初めて二人きりで会う。デートではないが、志乃にとってはデートのようなもの。第一印象で彼の心を掴(つか)み、積極的にアピールする。状況次第で告白してしまおうと考えている。
志乃から何度も彼の話を聞かされてきた綾乃は、可愛い妹の恋を少しでも応援したい。
霊感があり、直感が鋭い綾乃は、友人知人からいろいろな相談を受けている。特に恋愛に関する悩みが多く、綾乃のアドバイスで上手くいったケースをいくつも見ている志乃は、姉に全幅の信頼を置いている。姉に勧められるまま試着を繰り返す志乃。明日の成功を夢見る二人の夜はまだまだ続く。
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