「どうですか?」
「は、はい?」
どうって言われても困るのよ。クラシックなんて聴いた事ないし、何て答えたら良いの? 初めてのデートがクラシックコンサートなんて。何なのよ、もう。
「音楽が好きだっておっしゃっていたので、美奈子さんならクラシックがお似合いだなと思いまして」
「あ、はい、ありがとうございます」
そんなに私、お嬢さんタイプに見えるのかな? まあ、私のこの美貌をもってすれば、無理はありませんけど。本当は、アイドルのコンサートに行きたかったんだけどなあ。でも、この人はアイドルって感じに見えないし。その辺のオタクとはまた、違った感覚なんでしょうね。
「いやあ、素晴らしかった。最高のストレス発散になりました」
「は、はい。連れてきていただいてありがとうございます」
もう、この人、目を瞑ってうっとりと聴いているんだもの。私なんか目を瞑ったら絶対、いびきかいて寝ちゃうから、眠気と戦うのに必死だったよ。そんな事は絶対、口が裂けても言えないけど。
あなたが選んでくれたドレス、お腹がきつくて大変。少しでも小さいサイズにしたくて無理したけど、やっぱり私には似合わないなあ。でも、諦めないで頑張らなきゃ。少しでも素敵なレディーになるために。
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「美奈子さん、あの月をご覧ください。イザナギとイザナミの間に生まれ、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の弟になるツクヨミは、月の神様と言われています」
「えっ? あ、はい……」
な、何、何なの? イザナギ? イザナミ? 何それ? 言っている事がちんぷんかん。もう、日本人なんだから日本語でしゃべってよ。ネットで調べている場合じゃないし。とりあえず、相槌だけしてごまかさなきゃ。
さすが東大生、としか言いようがないわ。私だってさ、英語なら得意だよ。英検二級持っているんだから。キャビンアテンダントになりたくて、ずっと塾に通っていたもん。それに高二の夏休みには、アメリカに一か月間ホームステイしたし。少しはしゃべれるようになったよ。でもきっと、英語もペラペラなんだろうなあ、東大くんは。
それにしても、横顔が素敵。眼鏡をとったらもっとかっこいいんじゃない? 背は高いし、頭は良いし、顔も良い、おまけにお父さんは会社社長。彼はその後継ぎなんだから、私はもしかして社長夫人になるの? 絶対、この人と結婚しなきゃ。
でもなあ、たぶん、こんなに好条件だったらライバルが多いよね。私みたいな一般家庭の娘なんかより、本物のお嬢様がお似合いなんだろうなあ。今更お嬢様を目指しても、そう簡単にはなれないよね。私が出来る事と言えば……。
「ご自宅は、こちらで良かったですか?」
「はい、送っていただきありがとうございます」
実はこっちは、家とは反対方向なのよ。わざと遠回りさせているの。私が出来る事は、女の武器を使う事くらいじゃない。私に夢中になるまで、帰さないわよ。覚悟してね、東大くん。
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