「どうですか、楽しんでますか?」
「はい、とっても」
あいつと別れてから、すぐに付き合い始めた福島さんとの三回目のデート。今日は山登りだ。天気も良くて空気も良い。運動不足の私にはちょうどいい、健康的なデート。私の事を気遣ってくれて、疲れたら休みましょうって言ってくれる優しい人。
「盛り上がっていこうぜ!」
「おー!」
あいつとは、音楽の趣味が同じだった。大好きなバンドのコンサートで出会って、ほろ酔い気分で意気投合。仲間たちとバカ騒ぎして、毎日がロックだった。夜の街に繰り出しては、べろんべろんになるまで飲んで、店の看板を蹴飛ばして大笑いするような奴だった。
「この映画の監督さんは、いつも観る人に問題提起をする監督なんですよ。どの作品を観ても登場するのが、家族の団らんや子どもとお風呂に入るシーンなんです」
「へー、そうなんですか」
福島さんとの二回目のデートは映画だった。いろんな映画を観ていて、監督や俳優にも詳しい。観終わった後に解説をしてくれたから、難しくてあまりわからなかった内容がよく理解出来た。
「すげえ良い映画だったな。感動したよな」
「うん、すごく良かったよね」
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あいつと映画を観る時は、わかりやすい子ども向けのアニメが多かった。漫画が大好きなあいつは、勇気とか友情に弱い。主人公に感情移入して、ボロボロ涙を流しながら観る奴だった。
「あなたの事が好きです」
福島さんは、会うたびにそう言ってくれる。電話でもラインでも、必ず「好き」って言ってくれる。この言葉が、どれほど嬉しいか、あいつにはわからない。
「言わなくてもわかるだろ」
恥ずかしがり屋のあいつから「好き」って言われた事、あったかな。態度で何となく、好きでいてくれるってわかるんだけど。すぐ、キスでごまかすんだけど、好きって言葉で言ってほしかった。
それにあいつは怒りっぽい。ちょっと気にいらない事があると文句を言う。私も負けず嫌いだから、言い返して口げんかになる事も多い。それに対して、福島さんとはけんかした事がない。彼はなんでも完璧な人。
どんな時でも、自宅にいても、きちっとした格好をしているから、彼といる時はすごく緊張する。彼の周りにいる人も同じような人ばかり。彼に合わせるために私は、一生懸命に背伸びしている。嫌われたくないから。
少しでもネガティブな言葉を使うと、彼からすぐに注意されてしまう。もっと前向きに考えないといけないよって。あいつだったら、どんなに愚痴っても平気だった。私の気持ちをわかってくれた。
「夢みたいな事言ってないで、現実をしっかりと見ましょう」
彼の前では、夢を語る事は許されない。あいつとなら、お互いの夢を語りあえるんだけど。バカな話で盛り上がったりして、素の自分でいられる。今はとても窮屈で息苦しい。
時々、あいつに電話したくなる。もう、新しい彼女出来たかな? もし夢が叶うなら、あの頃に戻りたいな。
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