親友からの電話に、私の心はざわめく。もう、終わったはずなのに。もう、忘れていたのに。彼女の言葉が私の記憶を呼び覚ます。
「彼、あの子と別れたんだって」
彼はもう、私にとっては過去の人。私たちが付き合っていたのは一年も前の事だし、彼が誰と付き合おうと、誰と別れようと、私と何の関係があるって言うの?
「彼が振られたらしいよ」
彼女の言葉で、私の心に複雑な感情が起こる。嘲笑(あざわら)う感情と、憐(あわれ)みの感情。私を捨てて彼女を選んだ彼が、私と同じ目に遭っている。今どんな気持ちなのか、彼に聞いてみたい。
「ごめん、僕と別れてくれないか?」
プレゼントをくれた後に、私に言った別れの言葉。二年付き合って、結婚まで意識していたのに、突然告げられた別れの言葉。しかもその日は、私の誕生日だった。忘れたくても忘れられない。
「私のどこがいけなかったの? 彼女のどこが良かったの?」
答えを聞けないまま、一人だけ取り残されてしまった私。心は宙ぶらりんのまま、傷が癒(い)えるには時間がかかった。
「いつか僕と結婚してくれる?」
「うん、いいよ」
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そんな約束、もう覚えてなんかいないでしょうね。でも、私は覚えている。彼が言った言葉が、胸の奥深くに刻まれている。消したくても消えないほど、深くくっきりと。
「君はA型なの? 僕はO型。最高の相性なんだってさ」
だから付き合おうって、初めに言い出したのは彼だった。引っ込み思案で消極的な私を、インドア派からアウトドアに変えたのは彼だった。
助手席に私を乗せて、お気に入りの音楽を流しながら運転する彼。生まれ育った街しか知らない私を連れて、いろんな場所で季節を感じさせてくれた。
「今度、僕の故郷に一緒に行こうよ」
彼が生まれて育った場所。彼を育(はぐく)み、育ててくれた場所。どんな所だったのか、行ってみたいと思っていた。そんな約束も果たされないまま、別れてしまった二人。
私がこうして思い出しているなんて、彼は知らないだろう。でも、彼女と別れたというのなら、私に連絡してみようと思わないのかな? 私の事が気にならないのかな?
「あの時、君を傷つけてすまなかった。彼女に振られて、やっと君の気持ちがわかったよ」
こんな感じで私に電話かけてみようと思わないのかしら?
「君の事が大好きだ。僕以上に君の事を好きな男なんていないよ。だから僕と付き合ってください」
この台詞(せりふ)を私に言った事、覚えていないのかな? 聞いている方が恥ずかしくなるほどの甘い言葉を言った事、覚えていないのかな?
「もう一度、僕とやり直してくれませんか?」
願いが叶うなら、彼からこの台詞を聞いてみたい。私を納得させるような台詞を聞いてみたい。そしてもし、彼がそう言ってきたのなら、私はこう言いたい。
「それは出来ません。あなたとはもう、終わったんです」
こう言えた時、その時こそきっと、あなたを忘れられると思うから。
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