「慎司(しんじ)、あの子、どう思う?」
「すげえ良いと思う」
真面目な顔で聞いてくる圭介に、俺も真面目に答えた。圭介(けいすけ)はテーブルの皿を指差して言葉を続ける。
「これ、あの子が作ったんだぜ」
「本当かよ? すげえ旨えよ」
俺の言葉を聞いて、圭介が満面の笑みを浮かべる。俺も釣られて笑ってしまう。
「二人して、何を笑っているの?」
「いやいや、何でもない。今日は楽しいなって言ってたんだよ、な?」
「うん、そうそう」
絵美(えみ)ちゃんの問いかけに、圭介が笑って答える。幼馴染みの二人は、かなり前から付き合っている。羨(うらや)ましくなるほどに仲が良い。
圭介とは高校からの付き合いで、俺の一番の親友。失恋の痛手から立ち直れない俺のために、バーベキューを計画してくれた。そして、圭介が絵美ちゃんに頼んで連れてきてもらったのが、彼女の隣で料理を作っている有希(ゆき)ちゃんだ。
有希ちゃんに出会って、俺のハートはズキュンと撃ち抜かれてしまった。可愛らしい童顔に、栗色の髪が似合っている。ちょっとした事でコロコロと笑う姿がまた愛らしい。そして何より料理が上手い。料理が上手くて家庭的な女の子に、俺はすごく弱いんだ。
「彼女、お前の事、気に入ったらしいぞ」
「えっ、本当に?」
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圭介の言葉で、天にも昇りそうな俺。ふと見ると、離れた場所から絵美ちゃんと有希ちゃんが手を振っている。俺と圭介も手を振り返す。俺は心から、圭介と絵美ちゃんに感謝した。
それから俺は、有希ちゃんと付き合いはじめた。いろんな所でデートして、いろんな話をした。そして、三か月が過ぎた頃、二人でキャンプに出掛けた。夜空いっぱいに散らばっている星を見上げて、綺麗だねって言う彼女に俺は言った。
「有希ちゃんの方が綺麗だ」
「もう、慎ちゃんってば」
はにかんで笑う有希ちゃん。その横顔が愛おしくて、俺は思わず抱きしめた。そしてそのままキスをして、有希ちゃんと俺は初めて一つになった。
俺たちの恋はこのまま、ずっとこのまま永遠に続くものだと、この時はそう信じていた。
だけど、二人で一緒にいる時間が長くなるにつれて、小さな心のすれ違いが重なっていく。それが段々と大きくなって、いつの間にか一緒にいる事が辛くなっていった。わがままな俺が悪いってわかっているのに、素直になれない自分がいた。
「私たち、別れた方が良いのかな?」
有希ちゃんの声が小さくなって、そのまま切れた電話。俺はその時、取り返しのつかない事をしてしまったと思った。有希ちゃんが遠くに行ってしまう。このまま離れ離れになってしまう。地獄に突き落とされたような気がした俺は、居ても立っても居られず、部屋を飛び出して車に乗り込んだ。
有希ちゃんが住む街までは車で三十分かかる。出来るだけ早く着きたくて、信号のない山道を走る。俺の車のエンジン音以外、何も聞こえてこない。夜空いっぱいの星たちだけが、俺の事を見つめている。
こんな時間に行ったって、有希ちゃんは会ってくれないかも知れない。もう別れようって言われるかも知れない。だけどこのままじゃいけないって、俺の心が叫ぶ。彼女との楽しかった日々が、次々と蘇ってくる。
今、はっきりわかった。やっぱり俺は、有希ちゃんじゃなきゃだめなんだ。この思いを、俺の本心を、彼女に伝えよう。
流れる涙をそのままにして、俺はハンドルを握り続ける。そして俺は、喉を枯らして恋の歌を歌う。この思いが、彼女に届く事を信じて。
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