「皆様こんにちは。日曜の朝、いかがお過ごしですか? 先週から始まりました「卑弥呼(ひみこ)の部屋」は、毎週様々な有名人をお招きいたしまして、私卑弥呼がお話を聞かせていただく番組です。第一回目のお客様は織田信長さんでしたが、今週は信長さんととっても縁が深いこの方です。どうぞお入りになってください。」
「どうも、明智光秀です」
「明智さん、ようこそいらっしゃいました。この番組は、日本史を彩(いろど)った有名人をお呼びして、ご自身の言葉で本音を語っていただく番組ですが、よくおいでくださいましたね。先週は織田信長さんでしたから、まさか来てくださるとは思ってもいませんでした」
「ははは、そうですか。まあ私は、主君を討(う)った極悪人として、後世のみなさんに知られていますからねえ」
「それをね、実はお聞きしたかったんですよ。どうして信長さんを討ったんですか? やっぱり、日頃いじめられていた恨みが動機だったんですか?」
いきなり、確信を突いた質問を投げかける卑弥呼に、スタジオの雰囲気が凍りつく。先週に引き続き、トーク番組とは思えないほどの緊張感が漂う。卑弥呼の表情からは、女性特有の優しさを感じる事が出来ない。自らの好奇心を満たす事が至上の喜びなのだ。
男として生まれたのに、女として生きる事を余儀なくされた卑弥呼。それは、母の願う「娘」になるためではあったが、内面の性質である「女性」として生きられる喜びでもあった。しかし、人々を裏切り、神をも裏切る行為であるが故に、罪悪感を一人で胸に閉じ込めてきたのである。
「誰にも言えない秘めた想い」その甘美な響きに隠された人間の葛藤を見抜いてしまう卑弥呼は、自らと同じ秘め事を持つ彼らに惹かれるのである。信長が森蘭丸に持っていた恋心は本当なのか、語り継がれてきた噂の真実を確かめたい、自らの仮説を実証したいという、科学者にも似た衝動を抱えている。
そして、長く信長の側近として仕え、信長に最も信頼されていたとされる光秀が、何故主君を手に掛けたのか。その理由を本人から聞いてみたい。自らの仮説と照らし合わせてみたい。そんな思いが、彼を召喚させたのである。幼子が、プレゼントの箱を開ける時のように、高揚感を隠しきれない卑弥呼だった。
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「私が信長にいじめられていた、みなさんそう思っているみたいですよね、ふふふ」
「えっ? そうじゃないんですか?」
「だってあなた、先週信長に会ったんでしょ? 彼がそんなに悪い奴に見えましたか?」
「いいえ、とても紳士な方でした。どちらかと言うと、繊細な心をお持ちじゃないかなあと感じましたね」
「ええ、確かに。彼はね、傾奇者(かぶきもの)と呼ばれていましたけどね、あれは演出なんですよ」
「演出? どういう意味です?」
「あの時代はね、カリスマが求められていたんです。普通とは違う、変人と言うか、飛びぬけた存在が必要だったんです。信長はね、それを演じていた、いわゆる演者だったんですよ」
「信長さんが演者? 演者って事は役者? つまり、キャラクターを演じていたって事なのでしょうか?」
「そうそう。彼は演者の才能があった、だから主役に抜擢されたんです。でも、根が優しい男だから、なかなか残酷にはなれなかった。だから、彼の周りにいた我々が、汚れ仕事をしたんですよ」
不敵な笑みを浮かべる光秀の顔は、映画に出てくる悪役のように見えた。もっと深く知りたい衝動を抑えられない卑弥呼は、彼にこう尋ねてみた。
「あなたがおっしゃる事が本当なら、その陰には演出家がいた、いわゆる黒幕と言われる存在がいた、という事ですか? あなたはその黒幕の指示通りに、本能寺の変を起こしたと?」
黒幕と言う言葉に顔を強張らせる光秀。身を乗り出して真実を聞き出そうとする卑弥呼。スタジオにいた者たちには、じっと見つめ合う二人の視線の真ん中で、バチバチと音を立てて飛び散る火花が見えた事だろう。しばらくの間、口を真一文字に閉じていた光秀は、緊張の糸を解いて小さな笑みを浮かべた後に、重い口を開いた。
「後世の歴史家がいろいろと言っているようですが、答えがすぐにわかったら彼らの仕事がなくなってしまうでしょう。謎は謎のままにしておくのも、風流と言うものですよ」
そう言って立ち上がり、一礼する光秀。卑弥呼も慌てて立ち上がって「ありがとうございました。今日のゲストは明智光秀さんでした」と早口で喋(しゃべ)った後、深いお辞儀をした。後ろを振り向いて歩き出す光秀は、信長と同じように光の輪へと消えていった。卑弥呼は彼の残像を、いつまでもいつまでも目で追っていた。
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