「皆様こんにちは。日曜の朝、いかがおすごしでしょうか? 今日から始まりました「卑弥呼(ひみこ)の部屋」は、私卑弥呼が、毎週いろいろな有名人をお招きして、お話を聞かせていただく番組です。第一回目のお客様は、日本史の中でも強烈なインパクトをお持ちのこの方です。どうぞお入りになってください。」
「初めまして、織田信長です」
「信長さん、初めまして。あら、信長さんとお呼びしてよろしいのでしょうか? それとも織田さんでしょうか?」
「いえ、信長で結構です。現代の皆さんは、だいたい信長と呼んでくださいますよね」
清潔感漂う白を基調とした羽織袴(はおりはかま)に身を包み、椅子に浅く座って肩幅より広く開いた両足の腿(もも)に手を置いた信長は、初めて訪れたスタジオの雰囲気に幾分緊張しながらも、それを悟られまいとして、背筋を伸ばして前を見据えている。信長の一メートルほど前に座る卑弥呼は、彼とは対照的な余裕の笑顔を見せている。
都内のとあるテレビ局のスタジオは、張りつめた空気で覆われていた。突然現代に蘇った邪馬台国の女王・卑弥呼。いや、卑弥呼と名乗る一人の女性。その場にいる誰もが、彼女が本物の卑弥呼であるという確証はないが、局の上層部の指示によって、「卑弥呼の部屋」をスタートしたのだった。
白装束に紅い腰紐を巻き、一つにまとめられた長い黒髪は細面(ほそおもて)の顔をより一層長く見せ、上向いたまつ毛で飾られた茶色の瞳は涼し気に澄んでおり、全てをお見通しの巫女(みこ)としての力量を窺(うかが)わせている。年齢はおよそ三十代半ばのように見える。
卑弥呼は、対談のゲストは自ら用意すると言い放ち、初回のゲストが織田信長だと現場のスタッフが知ったのは本番の三十分前だった。スタジオ入りした卑弥呼は「これから信長さんを召喚(しょうかん)します」と宣言すると、大きな瞳を静かに閉じて小声で呪文を唱え始めた。
そして、突然右手を大きな円を描くように時計回りに回転させたかと思うと、バチバチバチと言う音と共に空間が光りだして、その光の輪の中から姿を現したのが織田信長だったのである。およそ四十代に見える信長は、そこにいる誰もが本物だと認めるほどの威厳を放っていた。
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「では、親しみを込めて信長さんと呼ばせていただきます。信長さんと言えば、一番好きな歴史上の人物でいつも上位にランクインされますが、感想をお聞きしてもよろしいですか?」
「はい。大変喜ばしく光栄な事だと思っています。ただ、皆さんが少し誤解していらっしゃるのがどうも、気になるところですね」
「誤解ですか? 例えばどんなところでしょうか? この番組は全国ネットですから、この際、言いたい事を何でもおっしゃってくださいね」
「私はね、皆さんが思っているような人間じゃないんです。鳴かぬなら殺してしまえホトトギスなんて言いませんよ。鳥だって動物だって、人間と同じ生き物なんですから。本当はね、戦(いくさ)もしたくなかったんです。だけど、あのお方に命令されて仕方なく……」
「えっ? あのお方?」
「あっ、いえ……何でもありません。とにかく、捏造(ねつぞう)なんですよ」
「じゃあ、比叡山(ひえいざん)の焼き討ちとか、女、子ども、全て皆殺しとかは……」
「そんな事、私がするわけないじゃないですか! 全部、でっち上げですよ!」
引き締まった顔を紅潮させ、思わず声を荒げた信長は、感情的になってしまった事を恥ずかしく思ったのか、下を向いて床を見つめていた。その姿に唖然とする現場のスタッフたち。生放送故に、編集される事なく全国民に伝わる事となった。こんな信長を放送して良いものか、誰もがそんな思いを巡らせていた。
異様な雰囲気に包まれたスタジオで、唯一人、卑弥呼だけは余裕の表情を浮かべている。いたずらっぽい笑みにさえ感じるその表情からは、してやったりという思いが垣間見える。彼女にしてみれば、これは予定調和に違いない。そして卑弥呼は、一番聞きたかった質問を信長に投げかけてみる。
「あの、森蘭丸(もりらんまる)っていますよね。信長さんと蘭丸は、いったいどのようなご関係だったのか、率直にお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい。蘭丸は私にとって、とても大切な存在でした」
「つまり、愛していらっしゃった、という事でしょうか?」
スタジオにいる全員の動きが止まった。口を半開きにしている者、目を大きく見開いている者、口を手で塞いでいる者など、そこにいる全員が驚きを隠せないでいた。信長は、現場のスタッフたちを見回し、その表情から周囲が何を期待しているのかを感じとった。そして張りつめた表情を緩めて、穏やかな顔でこう言った。
「はい。愛していました。あなたならわかりますよね?」
信長の問いに、ただ笑みを浮かべるだけの卑弥呼。信長は知っていた。卑弥呼が女性ではない事を。いや、卑弥呼は確かに女性なのだが、体を間違えて生まれてきただけなのだ。
「ありがとうございました。今日のゲストは織田信長さんでした」
立ち上がって一礼をし、後ろを振り向いて歩き出した信長は、目の前に出来た光の輪の中に消えていった。卑弥呼はカメラに向かってお辞儀をしたまま、いつまでもその場に立っていた。
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