「みどりちゃん、上手に出来たね」
「本当ですか? 嬉しい。ありがとうございます」
人に褒めてもらうと、心がこんなに嬉しくなる。人の笑顔を見ると、自分も笑顔になれる。私はここに来て、ずいぶんと変わった気がする。本当の自分に会えた気がする。私ってこんなに笑顔のある人間だったんだ。
「みどりさんは本当に女子力が高いですね」
「え、本当? 嬉しいです」
彼に褒められたくて、私は手芸や料理も頑張った。ほのかに恋心を抱いていたけど、深い関係には至らなかった。でも、彼のお陰で私は、いろいろな事に自信が持てるようになった。誰かのために頑張るって、すごい力になる。そして彼との出会いは、また新たな出会いのために必要なものだった。
「みどりさん、結婚してください」
「はい。ありがとう、信二さん」
SNSを通じて出会った彼は、優しくて包容力がある。問題の多い両親のせいで病気になった私の事を理解し、全てを受け入れてくれた。彼の存在が、私と親の関係を変えてくれた。彼には、言葉では言い表せないくらいの感謝がある。
「ご主人は、あなたの足りない部分を補ってくれています。ご主人と一緒になる事で、あなたは社会的成功を手に入れました。あなたの最高の成功は、この男性と出会って結婚した事です」
偶然出会った占い師から聞かされた言葉は、私の心を打ち震えさせた。夫と出会う前から始めたアートフラワーは、少しずつ私の生活の中心になっていった。
周囲の人から「すごいね」と言われ、どんどん熱中していった。負の生い立ちのために失いかけていた自信を、アートフラワーが取り戻させてくれた。
もともと美しいものが好きで、芸術には興味があった。最初は人真似でも、どんどんアイディアが膨らんでくる。色や形など、私の想像力は無限大で、年数を重ねていけばいくほど技術も向上していった。
そして、彼と出会って結婚する事に。結婚式の準備を進めていくうちに、ブライダルの花に興味を抱くようになった。素敵な結婚式を挙げる事が出来たのも、準備をしてくれた裏方さんのお陰。いつかは自分も、新郎新婦の門出を祝う側になりたい。
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そんな私に転機が訪れた。親友から「おばあちゃんの仏壇に飾るお花に困っている」と相談を受けたのだ。水替えは難しいから少し華やかな仏花を作ってもらえないかと。これが私の「お花人生」のきっかけとなった。
仏花のルールなど全く知らなかったが、せっかくの親友の依頼に応えたいと必死に作った。それを届けると「ありがとう。メンテナンスが楽になったし、綺麗になった」と喜んでくれたばかりか、お金まで頂いた。
自分が作った作品でお金を頂く。これは私の人生において大きな経験になった。人生につまずき、病気になって入院生活を送っていた頃は、こんな日が来るとは思ってもいなかった。あまりに小さな成功体験ではあるが、これがきっかけとなって私の運命は大きく変わったと思っている。
その後、新婚生活の拠点から遠くない個人経営の美容院でアートフラワーの話をしたところ「良かったらここで売ってみない?」と提案された。最初はなかなか苦戦したが、徐々に売れるようになっていった。
そして徐々に口コミで教室の依頼やリメイクの相談など、様々な要望に応えていった。また、交友関係も自然と煌びやかなものに変わっていった……。
それから五年が経った今、私は新たなスタートラインに立っている。
「先生、今日はインタビューの時間を作っていただきありがとうございます」
自社ビルの応接室には、雑誌記者とカメラマンが座っている。私のブランドを紹介する記事を載せたいとの事。この後は、テレビ局のインタビューも控えている。
「何気ない日常のワクワクのお手伝いをお花でさせて頂きたい」
夢に描いていた事が、今、現実になっている。必ずそうなると思ってはいたが、実現するとなかなか感慨深いものがある。
「今日は結婚記念日だよ。二人でお祝いしよう」
スマホに、愛する夫からメッセージが届いた。私と苦楽を共にしてくれた最愛の人。彼なくして、今の成功はない。今まで言えなかった感謝の思いを今日伝えよう。そんな考えを巡らしながら、思わず笑いそうになるのをぐっとこらえて、インタビューに臨んだ。
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