ゆったりとした音楽が流れている。時計を見ると、時刻は午前六時半。起こしてくれたのは大好きなボサノバだ。お洒落なカフェで聴いて以来、私はボサノバが好きになった。いつかこんな音楽が流れるカフェをやってみようかな。私の夢はまだまだ終わらない。
ゆっくりと体を起こして部屋を見渡す。目に映るのは、ガラスのテーブルと小さな冷蔵庫。大きな部屋なのにモノは少ない。欲しいものは特にない。買おうと思えば買えるが、差し当たって必要はない。私は今のままで十分だ。
ジャージに着替えて外に飛び出し、八階からエレベーターで一階に降りる。エントランスにいたのはウォーキング帰りの三井のおばあちゃん。「おはようございます!」と声をかけると「お先でした」と笑顔で応えてくれた。あんな素敵な歳の取り方をしたいなと思う。
時刻は午前七時。円山公園駅に向かうサラリーマンを横目に、軽く準備運動をしてからウォーキング開始。円山に来てから三回目のウォーキング、まだまだ私はこの街に馴染んでいない。新参者として遠慮しながら歩いている。早く三井のおばあちゃんみたいに円山レディになりたい。
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円山公園を通って北海道神宮を目指す。桜並木を歩いていると、ひんやりとした風が頬を撫でた。朝からこんな格好でこの道を歩くなんて、少し前には想像も出来なかった事だ。「まさか夢?」なんて言いながら頬をつねってみる。やっぱり痛い。夢なんかじゃない。
「叶えたい夢を毎日ノートに書いてください。そしてそれが叶って喜んでいる自分の姿を想像するんです」
いつか占い師に言われた言葉。私はあの言葉を信じてノートに書き続けた。この街に住んで、毎朝この道を散歩する自分の姿を想像してきた。そしてロト6を毎週買い続けた結果、遂に二億円が当たったのだ。
だけど、当たった事は誰にも言わない。職場の同僚や友人たち、ましてや親兄弟にだって言わない。会社をすぐに辞めたら怪しまれるから、一年間は勤め続けた。その間の生活水準も変わらない。もともと私はそんなに欲しい物はない。時々おいしいお酒が飲めれば良い。
だけど、この街に住む事だけは譲れなかった。だって、これが私の一番の夢だったんだから。二LDKのマンションを五千万で購入。もちろんキャッシュ。それでもまだ一億五千万は残っている。これをどう運用するかはお金のプロに聞かないとね。
ウォーキングの後はトーストで朝食を済ませ、後片付けをしてから掃除と洗濯。その後はパソコンを開き、コーヒーを飲みながら小説の執筆にとりかかる。会社を辞めた今、私の仕事は文筆業。日々の生活で感じた事をエッセイにしたり、短編小説を書いてkindle出版している。
会社勤めをしながら少しずつ書いてきた、恋愛ストーリー。それが今、現実になろうとしている。
今日は、彼がこの街に引っ越してくる日。遠い所に住んでいた彼が、私のために来てくれる。一人の時間がないとおかしくなる私は、一緒に住む事が出来ない。そんな私でも良いと言ってくれる人なんて、絶対いないと思っていた。
だけど、夢は必ず叶う。そう信じて書き続けたこのノート。半分諦めかけていたけど、それでも諦められなかった愛しい人との出会い。初めは私の片想いだったけど、いつの間にか二人の心は通じ合っていた。そして今、体の距離も近づいている。
約束の時間になり、彼がエレベーターに乗ってやってくる。インターホンが鳴り、私は急いでドアを開けた。
「初めまして」
ビデオ通話でしか見た事がなかった笑顔が今、私の目の前にある。
「初めまして。よろしくお願いします」
そう言い終わるや否や、私は彼をきつく抱きしめた。
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