星の瞬く夜

「青山さん、すごいよ、見て!」

 向かいの席の田村ひとみに声をかけられ、青山省吾は彼女が指さす方を見た。

「ええっ? すっげー!」

 六階フロアー一面の大きな窓から見える街並みが、真っ赤な夕焼けで彩られている。それはまるで、一枚のパノラマ写真のようだ。作業していた手を止めて、その贅沢な映像にしばしの間うっとりする省吾を、機械的なアラームが現実に引き戻す。

「やばっ、急がなくちゃ!」

 終業時刻の五分前。机の上を急いで整理して、帰り支度を整える。

「そんなに急いで、何か用があるの? もしかして、デート?」

 いたずらっぽい表情を浮かべる田村に「えへへ」と笑ってごまかすと、午後六時と同時に立ち上がり「お先に失礼します」と言って部屋を飛び出した。逸(はや)る気持ちを抑えつつ、時計を確認しながら最寄り駅を目指して走る。ちょうど着いた電車に飛び乗って三十分後、待ち合わせの駅に到着。

 改札を抜けると、西川玲子が手を振っている。真っ赤な帽子に真っ赤なコート、靴まで赤で揃えた彼女を見て、さっき見た夕焼けと重なって、思わずおかしくなってしまった。

「どうしたの? 何か良い事あった?」
「いや、ただちょっと、思い出し笑い……」
「へー、そう。じゃあ、行こ!」

 玲子に左手をつかまれて、引っ張られる省吾。マイペースで強引な玲子は、行先も告げずに省吾を連れて歩きだす。二人の身長差は二十センチ。早足で歩く彼女に引っ張られている形の省吾だが、別に悪い気はしない。引っ込み思案で消極的な自分には、少し男っぽい玲子が丁度良いと思っていた。

 彼女の馴染みの店で夕食を済ませた後、連れてこられた夜の公園。十一月も下旬になり、空気が冷たいこの時間帯に人の姿はない。自動販売機で買ったホットコーヒーを、ベンチに座る玲子に手渡す。

「ありがとう」

 彼女に優しく微笑まれ、省吾の冷えた体が火照ってくる。強気な言動の合間に見せる、優しさがたまらない。友人の紹介で付き合い始めてから、もうすぐ二年になる。お互い二十六歳、真面目な省吾は彼女との結婚を真剣に考えていた。

Sponsered Link



「あ、あのさ、この前会った時に話した事、なんだけど……」

 両手をもじもじさせながら、下を向いて話を切り出す省吾。

「あっ、結婚の事ね」

 察しの良い玲子の反応に、省吾の胸は高鳴りだす。これまで良好な関係を続けてきた自負がある。毎月しっかり貯金してきたし、結婚式の資金は親も援助してくれる。かなり自信があるとは言え、実際に本人の口から聞くまでは安心できない。

「その前にさ、ちょっといいかな?」
「えっ?」
「私、アナウンサーになりたかったって話、したよね?」
「あ、ああ、言ってたね」
「実はさ、私の先輩が、地元のラジオのパーソナリティー、やっててね。一緒にやらないかって、誘われたの」
「ラジオ?」
「うん。夏に帰った時、先輩と会ってね。その時、実際に現場を見せてもらって、局の皆さんとお話したりして、すっごく、良くしてもらった。声が良いって、褒められてね。一緒にやろうよって、誘われたんだ。それで、今の会社は、今年いっぱいで辞めて、地元に帰ろうかなって、思ってね……」

 話し出すと止まらない、おしゃべりな彼女。いつもなら、息をするのも忘れるくらいに捲(まく)し立てるのに、今夜はゆっくりと、話す言葉を選んでいる。その声のトーンで、彼女の真剣さが伝わってくる。

 アナウンサーになりたかったのに、夢を果たせず今の会社に就職した。快活で話し上手な彼女は、今の仕事でも充分輝いている。だけどやっぱり、夢を諦めてはいなかったのだ。

 今後、そのラジオ局で働きだしたとしても、希望通りの仕事に就けるかどうかの保証はない。だからと言って、夢を諦めて結婚してほしいなんて、自分には言えない。玲子を愛するからこそ、彼女の夢を奪いたくない。

「そっか……。そうだったのか……」

 省吾は立ち上がり、空を見上げた。そして、右手を高くつき上げた。

「ねえ、見てみて。オリオン座だ!」
「えっ?」

 立ち上がって省吾に抱きつき、空を見上げる玲子。彼女の胸を背中に感じて、体中の血液が勢いよく動き出す。背中越しに、省吾の両手に自分の両手を重ね、さらに指を絡(から)める彼女。無邪気な玲子の立ち振る舞いに振り回されながら、感情を抑える省吾の姿が痛々しい。

「あの星たちも、君の夢を応援しているよ。もちろん僕も、応援する。頑張ってきてね」
「えっ? ……うん、ありがとう。いつも本当……ありがとう……大好きだよ……」

 両手を離し、後ろから抱きつく玲子の声が、少しずつ小さくなっていく。声を押し殺して泣いている彼女の心が、省吾の体に飛び込んでくる。涙を見せたくない彼女を気遣って、黙って立ち尽くす省吾の目に涙が滲む。音のない夜の底で佇(たたず)む二人を、夜空の星が優しく見守っている。

『雨の中の女 神野 守 短編集 第1巻』amazonで販売中!

https://www.amazon.co.jp/dp/B07FYRKPL2/

Sponsered Link



投稿日:

執筆者:

Sponsered Link




以下からメールが送れます。↓
お気軽にメールをどうぞ!

こちらから無料メール鑑定申し込みができます。お気軽にどうぞ!
お申込みの際は、お名前・生年月日(生まれた時刻がわかる方は時刻も)・生まれた場所(東京都など)を明記してください。
ご自身のこと、または気になる方との相性などを簡単にポイント鑑定いたします。何が知りたいかを明記の上、上記までメールを送ってください。
更に詳しく知りたい方には有料メール鑑定(1件5000円・相性など2人の場合は7000円)も出来ます。

最新の記事をツイッターでお知らせしています
神野守(@kamino_mamoru)

ボイスブック・朗読ラジオチャンネル

海辺の少女

心霊鑑定士 加賀美零美のよろずお悩み解決所 1

僕は妹の美樹に振り回される

占い師の独白「霊眼が開く時」

切ない恋愛短編集「報われない恋」

世にも奇妙な短編集「断捨離キーホルダー」


  • 59現在の記事:
  • 135874総閲覧数:
  • 93今日の閲覧数:
  • 237昨日の閲覧数:
  • 1614先週の閲覧数:
  • 5604月別閲覧数:
  • 83276総訪問者数:
  • 73今日の訪問者数:
  • 151昨日の訪問者数:
  • 1076先週の訪問者数:
  • 3868月別訪問者数:
  • 143一日あたりの訪問者数:
  • 4現在オンライン中の人数:
  • 2018年8月14日カウント開始日: