君が出て行く夜

「あれは誤解だよ、ただ彼女の恋愛相談に乗っていただけなんだよ」

 そう言い訳しても、君には信じてもらえないんだな。

「私なんてもうおばさんだから、あなたには若い子のほうがお似合いなのよ」

 そう言って週刊誌を閉じる君。顔は笑っているが、冷たい視線を俺に投げかけている。口下手な俺はそれ以上の言い訳はせず、ただ缶ビールの本数を増やしていった。

 熱愛報道の相手は、若手人気女優のサオリ。俺が出ていた舞台で共演して以来、故郷が同じという事もあって兄貴のように思ってくれて。仕事の悩みや恋の悩みを聞いたりしてきた。

 写真を撮られたのは、彼女が最近付き合い出した彼氏とののろけ話を聞いていた時。嬉しそうに話す彼女に相槌を打ちながら、俺も楽しそうに笑っていた。週刊誌の見出しには「人気女優、深夜の焼肉デート」の文字が躍っている。

「風呂に入る……」

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 そう言って風呂場に向かう君の右頬に、一筋の涙が流れている。それを俺に見られまいと、右手で隠す仕草が痛々しい。

 ミナミと知り合ってからもう五年。二人とも、とうに三十を越えてしまった。俳優になる夢を抱いて田舎から上京してきた俺は、ようやくテレビドラマの脇役として出るようになった。とは言え、未だに俳優一本では食べていけない。

 同じく女優になるのを夢見て上京してきたミナミ。同じ劇団に入り、恋人役をするようになってから二人の仲は急接近した。すぐに同棲を始め、俺の夢を応援したいと、彼女は劇団を辞めて働きだした。

 不器用な俺は、権力者に上手く取り入る事は出来ない。人見知りで口下手なため、今まで多くのチャンスを逃してきたと思う。

 そんな俺の才能を信じて、陰で支え続けてくれた彼女。古いアパートの小さな部屋で、何のあてもないのに毎晩のように大きな夢を語る俺を、優しい眼差しで見守ってくれた。

 娘の将来を案じ、田舎の両親が送ってくる見合い話を断り続けた彼女。美人で優しくて、俺にはもったいない女性だと思い続けてきた。そんな君を裏切って、俺が浮気なんてするわけないじゃないか。

「ごめんなさいね。私があげまんだったら、今頃あなたは売れっ子俳優になっているのに」

 それが彼女の口癖だった。

「そんな事ない。俺は必ず売れっ子になる。そして、君があげまんだって事を証明する。だから、もう少しだけ待っていて」

 心の弱い俺は、自分に言い聞かせるように彼女に言い続けた。俺は必ず成功する。成功しなきゃだめなんだ。俺を信じて待っていてくれる彼女のために、俺は絶対に成功しなきゃだめなんだ。

 三本目の缶ビールを開けようとしたその時、携帯に着信が入った。送り主はミナミ。湯船に浸かりながら送ってきたようだ。

【ごめん……。やっぱり無理みたい、私。あげまんにはなれなかった。やっぱり私、さげまんだったね】

 俺は缶ビールを開けるのをやめ、送られてきた文面を凝視した。

【田舎に帰って、見合いするわ。相手は普通の会社員で平凡な人だけど。私には平凡な人生が似合っているんだと思う】

 普通の会社員か。毎月決まった給料もらって、ボーナスも出るだろう。俺と違って安定している。俺といたら子どもだって産めないかも知れない。平凡な結婚をして子どもを産んで、平凡なお母さんになる事が、それがきっと彼女の幸せなんだよなあ。

【あなたが成功して活躍する姿、傍(そば)で見届けたかったけどね。ごめん……】

 俺の方こそごめん。夢を追いかけて生きていけるほど、世の中そんなに甘くない。それは身に沁みてわかっているんだ。

 ちくしょう、目から水が出てきやがる。滲んで文字が読めねえじゃねえか。出てくるなよ、涙。ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……。

【今日は疲れたでしょ? ゆっくり寝てね。私、明日には出て行くから。あなたが寝ている間に、静かに出ていくから。見送られるのはつらいの。だから、一人で行かせて。あなたの成功を遠くから祈っています。   ミナミ】

 文章を読み終えて、俺は飲むはずだった缶ビールを冷蔵庫に戻した。そして彼女の希望通り、布団に入って寝る事に決めた。

 酔いが回ってよく眠れるはずなのに、布団に入っても眠れない。右や左に寝返りを打っても、何故だか眠れそうにない。

 風呂から上がってきた彼女が、荷物をまとめている音が聞こえる。涙が見られないように、俺は布団を頭から被(かぶ)った。ちくしょう、涙が止まらないや。枕が濡れてぐっしょりだ。

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