「ただいま、ああ、寒かったぁ〜」
先生の部屋から、自転車を漕いで帰ってきた幸子はそう言いながら、誰もいない自分の部屋のドアに鍵をかけた。先生の部屋で愛し合った夜、先生の部屋にお泊まりはしない、幸子はそう決めている。幸子が決めたルールだ。
先生の部屋で飲んだのと同じ焼酎のお湯割りを、自分のために一杯作り、ゆっくりと飲み干す。明日は休みだから、全部明日にしよう。幸子はそう決めて着替えもせずに、自分のベッドに潜り込んだ。
「先生、おやすみなさい」
翌朝、バスタブにお湯をためながら、洗面台の鏡に映った自分の姿を見て、幸子は声を上げた。
「ちょっとやだぁ〜。あたし、ショーツ裏返しに履いてるじゃない、こんなんじゃ、先生とは一緒に暮らせないな。ふふ」
小説家の先生が、実は神経質なことを、幸子はよく知っていた。だから、こんなギャグみたいな失敗を、笑い飛ばしてはくれないかもしれない、幸子はそう思ったのだ。
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先生との未来、幸子はその事を考えなくはない。でも何故だろう、その景色がどうしても、浮かんでは来ない。今の関係を棄てる勇気が、持てないからだろうか。
「ま、いっか。この際だから、不倫のエキスパートになるか」
幸子は自分にそう、うそぶいて、夕方から、母親が経営しているスナックを手伝いに行くことに決めた。先生と愛し合った翌日は、先生が母の店に立ち寄る確率が高くなる。
そう、やっばり幸子は、先生に会いたいのだ。その気持ちに正直になろうと、幸子は笑みを浮かべた。
「先生、私、今のままでいい。だから、いつでも呼んで。どんな時間でも会いに行くから。そして、やさしいキスをして。先生、大好き」
(これは、Wakaさんが「報われない恋」の翌日を幸子の視点で書いたものです)
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